「メフィスト」小泉直子編集長が語る、定額会員制の読書クラブへの挑戦 「クローズドなサークルを作りたいわけではない」

配信

3コメント3件

メフィストリーダーズクラブ〈MRC〉

「メフィスト」小泉直子編集長が語る、定額会員制の読書クラブへの挑戦 「クローズドなサークルを作りたいわけではない」

 講談社の「メフィスト」は、ミステリーをはじめとするエンタテインメント小説を扱う雑誌として1996年に創刊された。同誌の編集者が直接選ぶメフィスト賞は、1996年受賞の森博嗣を第1回として、西尾維新、辻村深月など、多くの才能を見出してきた。紙の雑誌だった「メフィスト」は2016年に電子版へ完全移行したが、2020年にその形態を終了。2021年10月からは定額会員制の読書クラブ「メフィストリーダーズクラブ〈MRC〉」に生まれ変わった。それは、会員限定で紙版小説誌「メフィスト」年4回届くほか、LINE連携で新刊書評や名作紹介などのコンテンツが読めて、オンラインのトークイベント開催、限定グッズの販売もあるというユニークなもの。なぜ、このスタイルへ移行したのか。小泉直子「メフィスト」編集長に聞いた。(円堂都司昭/1月26日取材・構成)【画像】十画館マグカップなど、魅力的なMRCのグッズ■初めて読んだ時の感動と興奮という呪縛から未だ解けない――出版社を志望した頃の話から聞かせてください。小泉:私は、2014年に講談社に中途入社して現在に至りますが、今いる文芸第三出版部には2003年から2009年まで、フリーランスで働いていたことがあります。――通称・文三ですね。時代によって組織改正や名称変更もありましたけど、ざっくりいうと、1980年代後半から綾辻行人の『館』シリーズなど新本格ミステリーを続々刊行し、そのムーブメントを背景に「メフィスト」を創刊したエンタメ小説の部署。小泉:フリーランスの頃は文三に6年ほど在籍していました。辻村深月さんのデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』(2004年)を担当しました。その後、ポプラ社に転職し、5年ほど一般文芸の書籍の編集をしていました。ドラマ化された大沼紀子さんの『真夜中のパン屋さん』を担当していました。その後、講談社に中途入社し、今年で8年目。実はトータルでは文三歴は長いんです。――そもそもフリーランスの編集者って、どのようになるのですか。小泉:大学時代、出版社で働きたい思いがあって、講談社の女性誌「Grazia」でアルバイトをしていました(2013年休刊)。大学卒業後はアパレル通販雑誌の会社に普通に就職したんですが、「Grazia」の編集者が異動した文三で手伝ってくれる人を探している、未経験でもいいという話があって面接を受けました。すぐに会社を辞めてフリーランスで働き始めたんです。そこは、縁ですよね。――文三といえばまずはミステリーですが、もともと読んでいたんですか。小泉:実はそんなに読んでいませんでした。ただ、最初に辻村さんを担当させてもらったことが自分にはとても大きくて、初めて読んだ時の感動と興奮という呪縛から未だ解けないというか(笑)。ミステリーと物語性の融合という意味でこんな作家さんがいるのかと衝撃を受けました。もう定年でお辞めになっていた宇山日出臣さんとも社内でお会いして、ぎりぎり交流がありました。――2006年に亡くなった宇山日出臣さんは、綾辻行人、法月綸太郎、我孫子武丸、歌野晶午など新本格ミステリーの作家を次々にデビューさせ、講談社文三の名を高めた伝説的編集者ですね。小泉:ある日、出社したら2003年に宇山さんが立ち上げたレーベル「講談社ミステリーランド」の本がたくさん詰まった紙袋が、「読んで」という感じで机に置かれていたのを覚えています。――正社員として2014年に文三へ戻ってからは、どんな仕事をされましたか。小泉:新レーベルだった講談社タイガの立ち上げにかかわりました(2015年創刊の文庫レーベル)。それは紙で発行されていた「メフィスト」が電子化された時期でもありましたけど、後に現在のこんな体制になるとは思っていませんでした。■一緒の居場所が作れたらというのが一番の目標――今回のリニューアルのプロジェクトは、社内ではいつぐらいから始まったんですか。小泉:2020年に鍛治佑介が文芸第三出版部部長になった頃からですね。従来とはなにか違う形ができるのではないかと模索するなか、鍛治が温めていた会員制読書クラブというアイデアを事業として立ち上げたんです。――その議論の段階から参加していたんですね。小泉:自分に「メフィスト」の編集長ができるか不安はあったのですが、中心のメンバーとして動いていました。会員制読書クラブを編集部だけで具体化するのは社内のシステムでは不可能だったので、ファンクラブ運営を業務とする会社と組んで運営しています。――構想を練るうえでモデルになったものはありますか。すぐ思い浮かぶのは音楽や映像のサブスクリプションですが。小泉:部長が目指していたのは、音楽のファンクラブに近いもの。アーティストの会報誌が届くように「メフィスト」が届き、グッズを販売したりイベントを開いたりできたらいいなと考えていました。NetflixやAmazon Primeのようなサブスクのシステムとはまったく違うものです。読者にサービスを提供している、受け手側がサービスを享受しているという発信のしかたや感覚だと、齟齬が出てくる気がするんです。そのため、ホームページには「本好きのあなたと一緒に作る会員制読書クラブ誕生!」と書いています。読者と一緒に作っていきたい、ミステリーに限らず謎が好きな人たちが集まって新しい情報を共有したり、交流できるような、一緒の居場所が作れたらというのが一番の目標です。――綾辻行人さんや有栖川有栖さんをはじめ、文三や「メフィスト」とかかわりの深い作家には大学のミステリー研究会出身者が多いですね。会誌を作ったり、作家を呼んでイベントを催したり、ファン同士で交流してわいわいやる文化がミステリーやSFには昔からあって。小泉:そういうものへの憧れが私や部長にはあって、まずは核の部分を立ち上げて、ここから自由に派生していったらいいなと、みんなで考えながら、今、手探りで作っています。――過去には一つの雑誌のなかに小説、対談、書評などがある形でしたけど、リニューアル後は紙の雑誌には小説のみ掲載、LINEで書評を配信、トークイベントをオンラインで開催というように分散した形をとっていますね。小泉:みんながスマホですべての情報を入手するようになった今、手のひらの中でいろんなものが見られる、手のひらに届くということをやっていきたい。そう考えて、LINEでミステリーの書評やガイドの情報を送っていくことにしたんですが、せっかくの情報をストックして後からふり返って読める場所があった方が良いと気づき、環境を整えるなど、システムの整備に、ひとつひとつ考えながら模索しています。新しいことばかりで大変なことも多いですが、面白い試みだと本当に思っています。雑誌の「メフィスト」収録作の編集、メフィスト賞の選考、グッズ作り、LINEの配信など、メフィストリーダーズクラブはまだまだ挑戦していきます。――紙の雑誌は季刊、LINEのコンテンツはどんどん配信と、サイクルの違う仕事が並行して進むなか、トークイベントも催しているんですよね。小泉:最近では青崎有吾さんと若林踏さんにおすすめのミステリーを語ってもらい、あっという間の1時間でした(1月22日配信)。「メフィスト」自体は小説しか載っていないものにして、雑誌の「雑」の部分はすべて即時性を重んじたいということで、ウェブでの発信、オンラインのイベントで、よりリアルタイムの情報をお届けできたらと取り組んでいます。雑誌に書評などの新しい情報を載せる場合、どうしても1カ月くらい時間がかかってしまう。そうではなく、例えば『黒牢城』でミステリランキングを席巻したばかりだった米澤穂信さんに、そのタイミングで気持ちを語ってもらいたいと、昨年12月23日にトークライブに出演していただきました(1月に同作で直木賞受賞)。今だからできる「雑」誌の形を目指しています。一方、小説の方は、ゆっくり紙で読みたいという人が本好きには多いと思いますし、私たちも残していきたい文化です。そこは紙にこだわって、小説は紙の雑誌でお届けすることにしました。――小説に関して電子版の形を継続することは考えませんでしたか。小泉:自分が会員になったのに前の号が読めないという事態は避けたいので、期間は限定的になりますが、ウェブで読めるブラウザ版のバックナンバーを有料会員向けにご用意しています。と同時に、紙のバックナンバーの販売も会員限定でこれから行います。ただ、電子書籍での発売はまったく考えていません。――会員制読書クラブを実際にスタートしてみて読者からの反応はどうですか。小泉:LINEでアンケートをとることができるのですが、すごくリアクションがいいんです。今まで編集部と読者は、サイン会などでしか、つながる機会があまりありませんでした。今は、ダイレクトにすごくつながっている感じがします。読者からこういうイベントに参加してみたいなどの意見もたくさん寄せられますので、なるべくお答えしていきたいです。■見たこともない才能を文三から発信していきたい――会員制読書クラブのシステム面を伺ってきましたが、文三が伝統的に扱ってきたエンタメ小説自体の変化についてはどう考えていますか。小泉:変化させよう、大きく改革しようという気持ちはまったくなくて、今までと変わらず、見たことがない才能や作品をお届けしたい。創刊から25年が経ったなかで、私たちは新しい方法で物語と読者をつなげることができないかと模索して、メフィストリーダーズクラブを立ち上げました。これまでの伝統に、新しい読書体験として届けたいという項目が加わった形ですね。メフィスト賞も今まで通り変わらず、みなさまからの応募をお待ちしています。過去には「メフィスト」刊行ごとに選考座談会を行っていましたが、年2回、応募がウェブだけとするなど、時代に応じて変えたところはあります。でも、求めているものはなにも変わりません。見たこともない才能を文三から発信していきたい。――これまで様々な話題作、問題作を送り出してきたメフィスト賞の最近の成果は。小泉: 2021年に刊行された潮谷験さんのデビュー作『スイッチ 悪意の実験』が第63回で一番最近の受賞作です。――潮谷さんは同年に出た第2作『時空犯』も好評ですね。小泉:メフィストリーダーズクラブをピーアールの場として潮谷験さんや五十嵐律人さん(2020年『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞受賞)はじめ、メフィスト賞出身作家さんを推していくつもりです。――メフィスト賞応募作の近年の傾向はどうですか。小泉:文三の編集者が全員で読んでいるからだいたい傾向はわかりますが、やっぱりミステリーや文三の作品が本当に好きで書いてくださる方が多いという印象です。過去の先行作品に影響を受けている方が多いです。それは嬉しくもあるんですが、影響が強すぎると逆になかなか受賞に結びつかない。次回の締切は2月末です。新しい才能の登場に期待しています。――紙版で届く「メフィスト」をめくった時に大胆だなと思ったのは、連載小説が5本並んでいたことです。小泉:読み切りの短編は現在はないですね。ただ、今後は短編の特集なども組んでみたいと思っています。郵送の方法や料金の関係で今以上厚くできないんですが……。――綾辻行人さんと有栖川有栖さんがミステリーの名作について語りあう「ミステリ・ジョッキー」は「メフィスト」名物企画でしたが、こちらはオンラインで続けていきますか。小泉:年1回くらいはやっていきたいです。この企画も以前は誌面上で対談していて、もちろん文字で読むのも面白いんですけど、リアルで聞けたらどんなに楽しいだろうと想像していました。それをオンラインで実現できたのは、メフィストリーダーズクラブという形ならではですね。――小説の書籍化に関しては、文三というと昔はまず講談社ノベルスのイメージでしたが、最近は単行本で出すことが増えましたね。小泉:ノベルスは、今は主にシリーズものを出しています。綾辻さんの『館』シリーズ、有栖川さんの国名シリーズなどはあの判型で揃えている方がいらっしゃいますし、高田崇史さんのQEDシリーズ、田中芳樹さんの『創竜伝』などもそうです。――小泉さんは「メフィスト」以外に単行本も担当しているんですか。小泉:はい。たとえば、本屋大賞にノミネートされた一穂ミチさんの『スモールワールズ』という本を作ったり、綾辻さん、有栖川さん、麻耶雄嵩さん、メフィスト賞作家の黒沢いづみさんを担当しています。今年は、垣谷美雨さんの新作の予定もあります。■雑誌だけを作る感覚とはまったく違います――そうした仕事を抱えつつ進めているメフィストリーダーズクラブですが、コンテンツは一通り出揃いましたか。小泉:2月からグッズの販売をスタートさせたのですが、想像以上の大反響を頂いています。ホームページから有料会員のみが購入できるシステムです。綾辻さんのグッズは十角館マグカップがありまして、有栖川さんのグッズはカレー皿とスプーンのセット。これは臨床犯罪学者・火村英生の人気シリーズで彼とワトソン役の作家アリスが出会ったカレー記念日になぞらえたものです。2022年は2人のシリーズがちょうど30周年なんです。そして辻村深月さんの本の装画を担当されている佐伯佳美さんに12カ月全部描き下ろしていただいた卓上カレンダー。森博嗣さんのグッズは、「のんた君Tシャツ」。西尾維新さんは「掟上今日子のメモ帳」をご用意しています。また、ローンチしたばかりの本ソムリエのAI診断も人気です。「美読倶楽部」というコンテンツなんですが、小説の文体が2つずつ5回出てきて、自分の好みの方を選んでいく。そうするとあなたにおすすめの本はこれですとサジェストしてもらえるものです。メフィストリーダーズクラブが、新しい本との出会いのきっかけになる場所になれたらいいなとの思いで、そんなAIを開発してもらいました。この開発もすごく時間がかかっています(笑)。これ以外にも面白い試みを準備しています。――これまでの雑誌の編集長とは違うイメージですよね。チェックしなければならない事柄だってずいぶん違う。小泉:メフィストリーダーズクラブは、紙の雑誌は編集長の私が進行管理、原稿、校了を受け持っているんですが、ウェブなども含めた統括リーダーがべつにいて、そのうえに部長がいる。仕事を分担して私1人がすべて見ているわけではないんですけど、雑誌だけを作る感覚とはまったく違います。会員制といっても、我々はクローズドなサークルを作りたいわけではないんです。なるべく垣根を低くしたい。イベントに参加して「ミステリー初心者なんですけど、最初はなにを読んだらいいですか」と聞いてくださる方もいます。そういう方もウェルカムで参加してもらいたい。ガチガチのミステリー原理主義ではありません。もはや謎がない物語はないに等しいともいえますし、大きなくくりで「物語」、そして「謎を愛する人たち」に〈MRC〉に入ってもらいたいなと思っています。

円堂都司昭

最終更新:リアルサウンド

関連記事