世界に広がる「地球平面説」 その背景にあるものは?
(CNN) 「地球平面論者(フラットアーサー)なんかになりたくない」――。デビッド・ワイスさんは、うんざりした声で自身の「目覚め」を振り返る。「朝起きて全員にばかにされるなんて嫌だろ?」
だが今や、ワイスさんはれっきとした地球平面論者だ。4年前に地球の丸みを確かめようとしたものの証拠は見つからず、それ以来、地球が平らで静止しているとの説を熱心に信じてきた。
そして、ワイスさんの世界は一変した。
ワイスさんはCNNの電話取材に「本当に動転した」「突然、足元が崩れるような感覚だ」と振り返る。
今では大半の人との付き合いが退屈に感じられるようになった。とはいえ「残念なことに」、地球が球形だと信じる友人も多少は残っている。「人間が球体の上に住んでいると信じたい人がいても構わない。それは彼らの選択だから。自分には共感できないというだけだ」
地球平面国際会議に参加した男性/Hyoung Chang/Denver Post via Getty Imagesワイスさんが付き合いを優先させるのは自分の人生を変えた地球平面説への信念を共有するコミュニティーだ。
そして、そのコミュニティーは大きな広がりを見せている。
ワイスさんは先ごろ、テキサス州ダラス郊外のホテルで開かれた「第3回地球平面国際会議」に参加した。主催者によると、参加者は約600人に上ったという。
これ以前にはノースカロライナ州ローリーやコロラド州デンバーでも会議が開かれたほか、近年はブラジルや英国、イタリアでも会議が開催されている。
会議のスケジュールは企業の会合と似たようなものだが、明らかなひねりも加えられている。登壇者は「宇宙はフェイク」などの題名でプレゼンを披露。地球平面論に関する年間ベスト動画賞も授与された。
「私たちは皆、インターネット上でやり取りしてきたが、ここなら一堂に会して握手や抱擁を交わすことができる」とワイスさん。「力を合わせ、新しい友人を作ることができる。なぜなら、ほら、昔の友人は・・・私たちは多くの友人を失ったから」
晴れた日であれば、地球の丸みは航空機の窓から確認できる。しかし驚くべきことに、ダラスに集まった数百人は、地球平面説を唱える運動のごく一部に過ぎない。
人々はこの丸い星のあらゆる場所で科学を否定し、地球は平らだという説を広めているのだ。
「地球平面説」を支持する女性=2017年、カリフォルニア州オレンジ郡/Joel Forrest/Barcroft Media via Getty Images今のところ、信者の数を示す明確な研究結果はない。ワイスさんのような地球平面論者は証拠を示さないものの、隠れ信者の数は数百万人に上ると主張するだろう。その中にはハリウッドの大物芸能人や商用機の操縦士も含まれる。
調査会社ユーガブが米国の成人8000人以上を対象に昨年実施した調査によると、地球が丸いという確信を持てない米国人は6人に1人に上る。ブラジルの成人2000人超を対象に行った別の調査では、地球が丸いという考え方について7%が否定しているという。
地球平面論者のコミュニティーには有名人がいて、テーマ曲や関連商品もあり、疑似科学的な理論にも事欠かない。ネットフリックスのドキュメンタリー番組の題材になったほか、ラッパーのB.o.Bなどからも支持を集めている。
ダラスでの会議を創設したロビー・デビッドソンさんは「これほどの急成長は見たことがない」と話す。
しかし専門家からは、この運動が本当に無害なのか、疑問を投げかける声も上がっている。
縁から転落する
地球平面説を本当に信じる人がいると聞いた時、デビッドソンさんは「そんなばかげた説を正気で信じられる奴がいるのか?」と一笑に付した。
その数年後、デビッドソンさんは第1回の地球平面国際会議を立ち上げていた。CNNが取材した登壇者の多くと同様、デビッドソンさんも地球の丸みを証明するのは不可能と判断した末に平面説を確信するに至った。
「ボーン・アゲイン(『新しく生まれ変わった』の意味)」のキリスト教徒であるデビッドソンさんにとって、千年の陰謀の最も論理的な説明はこうだ。「敵や悪魔、サタンが存在するとしよう。そいつの仕事は、神は存在しないと世界に信じ込ませることだ。そいつは物の見事に成功して、地球は無限の宇宙の中のランダムなちりに過ぎないと人々に信じ込ませたというわけだ」
「地球平面説」の関連商品。丸い地球は「偽物」とうたっている/Hyoung Chang/Denver Post via Getty Imagesデビッドソンさんが語る「真相」によると、平らな地球と太陽、月、星は映画「トゥルーマン・ショー」のようなドームに格納されている。この視点に立てば、簡単に陥穽(かんせい)にはまるようなことはなくなる。例えば宇宙から撮った地球の写真。地球平面論者はこれを加工写真だと信じている。
デビッドソンさんが地球平面論の初心者に明確にしたいのは次の3点だ。まず最も重要なことは「地球が宇宙を飛ぶパンケーキだとは誰も信じていない」。平面論者が信じているのは単に、宇宙空間が存在しないこと、世界が静止していること、月面着陸の場面がねつ造であることだけだ。
第2に、地球の端から転落することはない。地球平面論者の世界観にはばらつきがあるが、大半は地球が円盤状で、周りを取り囲む南極が氷の壁の役割を果たしていると考えている。
そして第3に、現代の地球平面論者は「地球平面協会」とはほとんど関係がない。地球平面協会は数十年前から存在する団体で、フェイスブックに20万人以上のフォロワーを抱える。
ただし地球平面論者といえども、全ての答えが分かると主張しているわけではない。デビッドソンさんは「(地球が)何なのか100%は分からない。我々は定説を疑問視しているだけだ」と説明する。
「この思考回路から抜け出すのは困難」
デビッドソンさんは「我々は科学を愛している」と語るが、ほとんどの信者は反科学的な傾向が強い。他の陰謀論を信じていない地球平面論者を見つけるのは至難の業だ。地球平面論者の会議には決まって、ワクチン反対派、米同時多発テロの「真実」を知ると主張する人々、秘密結社イルミナティの会員が集う。
「王族からロックフェラー家、ロスチャイルド家に至る支配階級のエリート。世界を牛耳るこれらの集団は皆、ぐるだ」(ワイスさん)
共通の敵も存在する。「私たちの怒りのほとんどは米航空宇宙局(NASA)に向けられている」(映像作家の男性)。地球平面論者の見方では、NASAこそが陰謀の背後に控える黒幕だ。
だが、一体なぜ、どういった経緯で、人々はこれほど奇想天外な陰謀論を信じてしまうのだろか。
世界の見方が変化したことを表現している中世のエッチング/Kharbine-Tapabor/Shutterstock英ノーサンブリア大で陰謀論の心理学を教えるダニエル・ジョリー氏は「つまるところ、人々は単に世界を理解しようとしているだけだ」と指摘したうえで、「彼らは偏った思考に染まった視線で世界を見ている」と分析する。
「彼らは権力者や強力な組織に対して不信感を抱いているのかもしれない。不信感の対象は政府の場合もあれば、NASAの場合もある。彼らが自分の腑に落ちる証拠に目を向けるとき、こうした世界観が正当化される」とジョリー氏。「この思考回路から抜け出すのは困難だ」
また、人々が陰謀論に引き付けられる理由として社会的な動機をあげる研究者もいる。自分自身や自分が所属する集団に対する肯定的な見方を維持したいという欲望だ。
しかし最も重要な原動力は恐らく、根底にある力と支配への欲求だろう。「人々は安心感と信頼感を求めている」(英研究者)。そして力は知識から生まれる。それがどれだけ疑わしい知識であろうと関係ない。
「地球が平らであることを発見した時、人は力を手にする」。ワイスさんはそう指摘している。