アニメ界の変人、奇才ビックフォードの正体 宇川直宏×土居伸彰

「日本で見られるアニメーションの傾向は偏っている」。そう語るアニメーション研究者・土居伸彰が立ち上げた、まだ見ぬアニメの可能性を探るための新しいアニメーションフェスティバル『GEORAMA2016』が、2月2日より開催される。ジャンルを超えた共演を通してアニメ概念の拡張と逸脱を試みる同イベントがこのたび招集したのは、なんと伝説的なアニメ作家、ブルース・ビックフォード。有象無象がうごめく映像宇宙で、かつて音楽家フランク・ザッパをも魅了したこの奇才が、今回は日本の個性派ミュージシャンたちと共演する。

アニメ界きっての「変人」として知られるビックフォード作品の魅力とはなにか。そして、世界に広がる「ジャパニメーション」とは異なる、インディペンデントアニメーションの可能性とは?

日本は、アニメがエンタメ産業として成立しているがゆえに、市場向きの作品しか知られない状況になっている。(土居)

―『GEORAMA』は、2014年にスタートした新しいアニメーションフェスティバルですが、立ち上げる際のコンセプトはなんだったのでしょうか?

土居:「アニメーション概念の拡張と逸脱」です。日本はアニメの人気が高いがゆえに、見られている作品が商業アニメだけに限られている状況があります。しかし、海外のアニメーション映画祭に行くと、非常に多様な作品が上映されていて、日本とは違ったアニメーションの世界が見えるんですよ。それをリアルタイムで紹介するのが開催目的の1つでした。

『GEORAMA2016』メインビジュアル ©New Deer / Yoko Kuno

―日本でのアニメーションに対する認識は、そんなに偏っているんですか?

土居:たとえば、いま世界のインディペンデント長編アニメシーンでは、デジタル制作環境を使って1人でも長編アニメを作ることが可能になったおかげで、とても個性的でおもしろい作品が生まれています。でも、日本のメディアではほとんど扱われていない。日本とアメリカは、アニメがエンターテイメント産業として成立している国ですが、それゆえ、市場向きの作品しか知られない状況になっています。一方ヨーロッパでは、助成金によって作品が作られる場合も多く、市場以外でも、非常に先進的な作品が生まれているんです。

―市場向けのアニメばかりだと、作品内容が画一化されてしまうわけですね。『GEORAMA』というフェスティバル名は造語ですが、どんな意味が?

土居:「Geographic(地理的な)」と「Diorama(立体模型による風景)」を合わせて、「アニメーションはローカルな想像力を濃密に反映した、箱庭的世界である」という考えから付けました。普遍的な世界というよりも、制作された地域や、作家の心象風景をかたちにするものとして、ぼくはアニメーションを捉えているんです。今回、アニメ界における伝説的な「奇才・変人」として知られるブルース・ビックフォードを特集したのもこの考えと連なっていて、『GEORAMA2016』の共同プロデューサーであるFOGHORNの谷川さんに宇川さんを紹介してもらい、ビックフォードのアニメと豪華なミュ—ジシャンたちとのコラボライブのキュレーションをお願いしました。ぼく自身、宇川さんからコアなアニメーションの文脈を学んできたので、ビックフォードをやるなら、宇川さん以外には考えられませんでした。

左から:土居伸彰、宇川直宏

宇川:いやいやいや、ほめ殺し?(笑)。今回『チャネリング・ウィズ・ミスター・ビックフォード』というイベントを2日間にわたって企てるのですが、まず世紀末の幻想を振り払い、21世紀を迎えたいま、彼が来日するという現実に時空の歪みを感じました。ぼくとビックフォードとの出会いは、フランク・ザッパと共同監督した長編クレイアニメ『The Amazing Mr. Bickford』(1987年)で、当時それをビデオ版で見て、身も心も溶かされたわけです。

 アニメ界の変人、奇才ビックフォードの正体 宇川直宏×土居伸彰

―『The Amazing Mr. Bickford』は、魂を宿された画面上のありとあらゆる被写体が、フランク・ザッパの楽曲にあわせて生命体のようにうごめき、変態していく、グロテスクかつスーパーカルトなクレイアニメ作品です。

ブルース・ビックフォード『高松メディアアート祭』展示風景

宇川:ぼくは幼少のころに、イタリアの名門アニメ制作会社、ミッセーリ・スタジオで制作されたヤクルト「ミルミル」のCMでクレイアニメの魅力に捕われた世代ですが、その後、ビックフォードの作品と出会った衝撃で右脳に回復不能なダメージを受けました。当時は、ちょうどBOREDOMSのライブでVJをはじめたころだったのですが、PCの処理能力もまだ低い時代で、1フレームを2時間以上かけてレンダリング(データからの画像や映像の生成)して、レイトレーシング(光の反射や写り込みをシミュレーションする技術)の3Dアニメを動かしていた。

土居:まさにビックフォードのアニメの世界ですね(笑)。

宇川:そうなんです。だから彼の「血と汗の滲んだ1フレーム」に深い感銘を受けていました。しかも、ぼくもEYヨさん(BOREDOMS)もビックフォードの大ファンだったから、1989年ごろは、彼の作品をサンプリングしてVJで使ってもいましたね。クレクレタコラ(1973~1974年、フジテレビ系の特撮テレビ番組)やヴィンス・コリンズ(アメリカのカルトアニメ作家)の作品とMIXして。そうやって時代精神を投影しつつ、ザッパとビックフォードの蜜月関係を、BOREDOMSとぼくの「音と絵の関係」に置き換えて一人感慨に浸ってた(笑)。今回はその関係を反転させて、ビックフォードの森羅万象、映像宇宙に対し、まるでサイレント映画での活動弁士のように、日本のミュージシャンたちがどのような今世紀的イメージ交信を演奏によって加えるのか?

ブルース・ビックフォード

―それで集まったのが、坂本慎太郎、smallBIGs(小山田圭吾+大野由美子)、七尾旅人、トクマルシューゴ、EY∃、菊地成孔、中原昌也、コムアイ……、すごいメンツですね。

宇川:もちろん「ビックフォードクラスタ」であることが前提なのだけど、小山田圭吾くん、坂本慎太郎さんは過去にビックフォードへの言及もあったので、まさかの神降臨の奇跡に絶対立ち会って頂かねばと、直接参加を口説きました。あとコムアイちゃんは、現代のアンダーグラウンドとメインストリームを結ぶ「オルタナティブイコン」のような才能ですが、今回はなんと水曜日のカンパネラではなく、モジュラーシンセを軸としたスペシャルユニットで出演してもらいます。ビックフォードの作品をぼくがVJで解体して、SUICIDE(1970年代から活動する、アメリカのニューウェーブ / インダストリアルバンド)を彷彿とさせる世界観を放ちます。水曜日のSUICIDE(笑)。アラン・ベガ(SUICIDEのボーカル)もマリー・アントワネットも失禁です。

『チャネリング・ウィズ・ミスター・ビックフォード』出演者

『チャネリング・ウィズ・ミスター・ビックフォード』出演者

―ビックフォード自身もパフォーマーとしてクレジットされていますが、彼もなにか演奏するんですか?

宇川:普通、アニメーション作家のイベントといえばトークかワークショップですが、彼はさまざまな謎の特技を持っているみたいなんですよ。

土居:「ポエトリーリーディング」と「ダンス」と「モーニングスター(打撃武器の一種)を振り回すこと」、それと「木登り」もできると言っていました(笑)。

宇川:無駄に「木登り」してもらいたいですね(笑)。全出演アーティストにそれぞれお題としてビックフォードの映像を出題したのですが、それらと「チャネリング(交信)」した演奏とともに、ビックフォード本人が登場する可能性があります。ただ、そこでどんな儀式が執り行われるかは本番までわかりません(笑)。

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