サブスクやネットショップのレコメンド機能は大脳を甘やかす? 専門家に聞いてみた
動画メディアやECサイトの“レコメンド機能”の優秀さは凄まじい。自分の好みを表示してくれるため、いちいち動画や服を探す手間が省け、快適なインターネットの利用をサポートしてくれる。【写真】ニトリではAIがインテリアコーディネートをレコメンド とは言え、「自分の好みばかりを表示してくれる」ということは、新しい価値観や刺激に触れる機会を失うリスクもあるのではないか。レコメンド機能のメリット・デメリットについて、白鴎大学教育学部准教授で、社会心理学に精通している玉宮義之氏に伺った。■レコメンド機能は“販売POP”の進化系?――まずレコメンド機能が誕生する前の話をお聞かせください。玉宮義之氏(以下、玉宮):オンラインサービスでよく見かけるレコメンド機能ですが、小売店舗で用いられてきた「本日のオススメ」「一番人気」といったPOPの販売促進方略の発展形態と言えます。当初は売り手側の利益などの観点から、「売りたい物」を買い手に注目してもらうために使われてました。その後、ECサイトや動画メディアといったオンラインサービスが普及し、レコメンド機能が登場。徐々に進化を重ねて、売り手側だけでなく買い手側の心理・行動も反映される“インタラクティブ性”の精度が高まっていきました。――レコメンド機能はどのようなシステムで動いているのですか?玉宮:インターネット上におけるユーザーの様々な行動履歴が、Cokkieなどによって把握することができるため、個別のユーザーに応じて「売れる物」を紹介しているのです。現在は様々なレコメンドエンジン(AI)が開発され、企業において蓄積された膨大なユーザーデータとWebサイトを訪問したユーザーの属性を瞬時に照合し、もっとも選ばれる確率の高い選択肢を提示します。また、ただ単にWebサイト上でレコメンドするだけでなく、サービスに登録したユーザーに対して、メールやSNSによるリマインダーなどを送る機能も備わりつつあります。――レコメンド機能のメリットは何ですか?玉宮:心理学や脳科学において、人間は本質的に“認知的倹約家”であると考えられています。つまり、私たちは日々の生活において、「なるべく頭を使わず、できるだけコスパ良く暮らしたい」とする傾向にあるのです。この傾向は、人だけではなくすべての動物において見られますが、その背景には「脳が一度に処理できる情報には限界があると」いうことがあります。そのため、私たちは比較的どうでも良いことにはあまり頭を使わず、重要なことにだけ集中して頭を使いたいのです。 レコメンド機能はまさに渡りに船と言えます。たとえば、動画サイトで1つの動画を視聴したあとに、続けて面白い動画を見ようとして、星の数ほどある動画を1つ1つチェックしていたら日が暮れます。そのような時に、視聴していた動画と関連し、自らの属性に近い人が好む動画を動画メディア側がレコメンドしてくれれば、私たちは喜んでその動画を選んで視聴するでしょう。――たしかに時間の節約に活躍していますよね。玉宮:はい。かつてレンタルビデオが主流だった時代は、見終わったビデオを返却し、次に借りるビデオを自ら探して店内を歩き回っていました。ただ、もはやそのような労力を必要とはしなくなったわけです。このことは、私たちが時間と労力を節約することが可能になり、そのぶんほかの活動に時間と労力を割くことを可能にしてくれた、という意味でとても有益と言えるでしょう。――時間節約以外のメリットとして、どのような点が挙げられますか?玉宮:私はかつてデジタル教科書の研究に取り組んだことがありますが、その経験から「教育分野ではとても有効だ」と感じています。デジタル教科書を使用することで、従来の教科書や参考書のように自己完結する学習は可能です。ただ、それだけでなくデジタル教科書は“その生徒が次に何を学ぶべきなのか”について膨大な教育データに基づいたレコメンドしてくれるため、より効果的な学習につながると予想されます。■レコメンド機能で人間は“多様性”を失いかねない?――レコメンド機能のデメリットはありますか?玉宮:私たちは認知的倹約家であると同時に“考える葦”でもあります。脳科学の観点から、私たちがほかの動物と異なる点として、発達した大脳があります。大脳は私たちが複雑な思考をする際、とても重要な機能を担っているのです。そして、“大脳は使い続けることで、その機能を維持できる”などが研究から明らかとなっています。便利なレコメンド機能に頼り切って自ら考えなくなることは、大脳にとってあまりよくないことかもしれません。――「時間節約=考える機会の喪失」と言えますからね。玉宮:また、社会心理学からもレコメンド機能について様々な指摘が可能です。私たちは自分と同じ趣味・嗜好の人を好む傾向にあります。これは、自分と相反した価値観が社会的に”正しい”ということを、目の当たりにすることによって生じる不快な感情“認知的不協和”を避けるため、と考えられています。そのため、ファンクラブに入ったり、SNS上で同じ趣味の人同士でつながったりするのです。 レコメンド機能は、私たちが認知的不協和を避けることに一役買っています。なぜなら、レコメンド機能はその人と似たような人が過去に行った行動に基づいて選択肢を呈示してくれるため、自らの趣味・嗜好と異なった選択肢を見ないですむからです。――心地よくない意見や価値観を遠ざけるのですね。玉宮:その通りです。“不快な思いをしないで済んでいる”という意味で素晴らしいことですが、裏を返せば、レコメンド機能によって実はとても貴重な機会を失っているとも言えます。現代のキーワードの1つに“多様性”が挙げられますが、社会は色々な価値観を持った人々によって構成されています。自分と違う価値観を持った人々と接することで、新たな発見が可能になり、成長することができます。 しかし、レコメンド機能に頼りすぎると、いつも同じ趣味・嗜好の物事ばかりと接することになり、価値観が単一化してしまいます。近年、世界中で問題となっている政治的分断は、まさにこの典型例と言えるでしょう。■たまにはレコメンド機能と離れることが重要――たまには心地よくないものを受け入れる必要がありそうですね。玉宮:はい。想定外の新たな発見を“セレンディピティ”と言いますが、私たち研究者はこのセレンディピティを頭の片隅に置きながら研究を行っています。そうすることで、自らの仮説の延長線上にはない、これまで明らかになっていない真実にたどり着ける可能性があるからです。レコメンド機能はとても便利で役に立つものですが、たまには自発的に情報を収集し、選択をすることで、思いもかけない素晴らしいものに出会えるかもしれません。――レコメンド機能は今後、どのように進化していくと予想していますか?玉宮:行政による規制との兼ね合いにもなりますが、領域を超えたデータベースの構築が考えられます。たとえば、ECサイトの購買履歴データと携帯基地局やSuicaなどの移動・交通系データを統合することで、さらに複雑化しつつも効果的なレコメンドが誕生するかもしれません。 また、量子コンピューターの汎用化によってレコメンドエンジン(AI)の処理速度が飛躍的に上がり、今までは不可能だった、より高度なアルゴリズムに基づいたレコメンドが瞬時に提示されるといったことも予想されます。