3月21日はバルブの日/特別対談 5G・IoTでデジタル変革実現へ | 日刊工業新聞 電子版
奥津
日本バルブ工業会にはバルブ部会、水栓部会、自動弁部会の3部会があります。例えば自動弁は工業プロセス用調節弁(CV)に代表される、電気信号で自動制御するバルブです。制御対象の流体は多種多様で、また非常時・緊急時の動作も併せて考慮するため、駆動方式・バックアップ付属品などもきわめて多様です。設計に際しては高度な知識と経験が必要です。CVの国際標準規格化はIEC(国際電気標準会議)/TC65(工業プロセス用計測と制御)/WG9(工業プロセス用調節弁)が担当しています。このプロセス制御の世界でも、英知やノウハウのデジタル化が急がれています。TC65ではLOP(プロパティーのリスト)の電子辞書づくりを進めています。CVにIoTを活用するためには電子辞書が不可欠なためです。
高速流動の非定常性、機器の疲労現象、寿命予測などの技術課題とともに、現場操作端としてのCVについて、理想理論に立脚する「計装機器としてのCV」と泥臭い現場「流体機械としてのCV」の考え方に関する乖離(かいり)があり、それを整合することが重要です。
DXとして、現実空間の製造現場、製品、オペレーションなどをデジタル空間に再現し、リアルタイムに現実とデジタルを連携したデジタルツインを構築するため、第5世代(5G)無線通信技術には大いに期待しています。
服部
5Gは通信システムのパラダイム変革を起こすことが狙いです。第4世代(4G)までは主として人と人の通信(P2P)。ビジネス用語ではB2C、コンシューマー主体です。人口加入率は1.5~2倍で、一人が複数台の端末を持つようになっています。その一方で、料金競争の結果、加入者当たりのビジネス収益は大きく低下しています。2000年以降の第3世代(3G)で通話よりもパケットデータサービスが大幅に増加しました。データ通信が支配的となり、音声を含め、全てをパケットで通信することで高速なデータ伝送をより効率的に行うため、4Gに移行しました。この技術がLTE。LTEをさらに高度化したのがLTEアドバンスド(LTE-A)です。LTEは規格上100メガbpsですが、LTE-Aは1ギガbpsで、現在は1.7ギガbps程度まで上がっています。
ここまで高度化する中で、なぜ5Gが必要なのか。B2Cは目的をほぼ達成し、通信事業の成長性に限界が見え、ネットワークのパラダイム変革が必要となりました。それが、新たなビジネス領域拡大のため、製造業、工業、建設業、医療、金融、農林業、鉱業などに適用範囲を広げることです。これをB2B2Xと呼びます。バーティカルインテグレーション分野への拡大ともいいます。
全て自前で行う垂直統合型企業に5Gを利用してもらい、携帯通信事業の新たな飛躍を目指すのです。それには、これまでよりも広帯域伝送、低遅延、ミッション・クリティカル・ネットワークの実現、膨大なIoTデバイスへの対応が必要です。
奥津
5Gをどのように活用すればよいのかは誰もが関心を持っています。服部
ネットワークの能力として、ピークの無線速度20ギガbps、情報伝送遅延1ミリ秒、1平方キロメートルに100万デバイスを収容可能という3点は将来的な要求条件です。私の共編著「5G教科書」(インプレス社刊)で詳述しています。製造現場や金融のキャッシングなど、非常に裾野が広いロングテールビジネスで、生産性の大幅な向上、派生する種々のデータ(ビッグデータ)の活用と新たなビジネス創生、データの量変化がもたらす質的な変化などさまざまなことが期待されます。ただ、逆に言えば、キラーアプリケーションがなく、ここに5Gの難しさがあります。
ネットワークのパラダイムが変革するのは確かです。それをどう利用するか、使い手の意識変革も必要です。国家としての取り組み姿勢も問われます。
奥津
国家としての姿勢というと、どういったことですか。服部
国を支える重要なインフラとなるか、インフラとするかということです。欧州はEUという組織で議論し、米国は国防という観点で議論しています。日本は産業利用や地方創生ですが、かなり困難な問題です。5Gは携帯通信事業者が提供するシステムと、それ以外が提供するシステムの2種類あり、後者をローカル5Gといいます。電波免許を利用者、ベンダー、携帯以外の通信事業者などに割り当て、5Gとしては占有利用できます。ただし、公共や衛星との共同利用なので、干渉の回避が必要です。
製造の品質や工程管理、遠隔医療などが先行するでしょう。現在は実証実験レベルですが、この1年以内に導入が徐々に進むと思います。生産性向上を超えて、新たな付加価値を生み出すことが重要です。5Gの本格普及には大幅なコストダウンが必要で、数年かかるでしょうが、中国のように国策で進める場合は、急速な立ち上がりを示しています。
奥津
そうした中、DXをどのようにとらえれば分かりやすいでしょうか。服部
簡単に言えばコンピューターと情報通信で生産効率と品質を高めることです。まず、これまで人が行っていたことをコンピューターで置き換えます。さらに、多くのデータを集積し、そこから不良の早期発見、置換に加え、新たな付加価値を引き出します。この循環サイクルをサイバー・フィジカル・システム(CPS)と呼びます。ドイツはインダストリー4.0、米国はインダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)、日本はソサエティー5.0の中でIoTコンソーシアムを形成してCPSに取り組んでいます。奥津
冒頭で説明した共通電子辞書が国際標準規格として整備されれば、物理層レベルにとどまっていた製品管理を関係者がサイバー上で情報を交換し合い、ライフサイクル全体にわたって確実に管理できるようになります。こうしたCPS、デジタルツインの実現には5Gの導入が大いに期待されます。ただ、本気でやるのであれば、やはり情報処理技術を身につけなければなりません。服部
コンピューター、情報通信、ソフトウエアの知識が必要です。日本ではIoTコンソーシアムの中に種々の取り組みがあり、その一つとしてIoT人材分科会を設置し、私が分科会長を務めています。総務省の支援により、民間のIoT人材の育成とともに、ハッカソンによる活動も進めています。また、モバイルコンピューティング推進コンソーシアム(MCPC)ではIoTの検定試験を実施しています。学会レベルでは例えば電子情報通信学会が電子電気系ECE(高度技術者人材育成)プログラムを推進しています。既に多くの業種でIoT取り入れ事例がありますが、欧米諸国からみれば少ないです。その要因に、経営者の理解と業務形態を変えることへの課題もあり、いっそうの取り組みが望ましいです。
奥津
取り組むに当たって、外せないポイントとはどのようなことでしょうか。服部
具体的には、何を改善するのかを明確にすることと、それによる投資コストと効果を中長期的な観点で定量的にすること。さらには、新たな付加価値を追求することです。バルブ業界も他の製造業など多くの事例を参考にし、「流体機械としての」現場の問題を把握するとともに、ぜひ積極的な推進を期待します。奥津
誰かがやってくれることでも、誰かにやらされることでもない。自らが考え、実行していかなければ技術のパラダイム変革はできません。できなければ各企業はもとより日本の産業としてのバルブ業界が勝ち残ることができないでしょう。バルブは社会インフラを支える重要キーデバイスです。そして社会の隅々に張り巡らされた配管ネットワークのIoTデバイスの一つと捉え、社会ビックデータの集積・解析・制御にも貢献すべきでしょう。遅滞なく自らの手で変革していくべきだと、事業の方向性を確認できました。
本日はありがとうございました。