トルクメニスタン大統領が地獄の門の鎮火に意欲。想定されるシナリオを専門家に聞いてみた
燃え続けて51年。
今やトルクメニスタンの主要観光資源ともなっているダルヴァザの「地獄の門」ですが、いつまで燃えてる気だ! 燃やさずにガス使おうぜ! と大統領がようやく消火に意欲を燃やしているようです。
問題はそんな方法があるのかどうか。少し掘り下げて考えてみましょう。
地獄の門って何?
地獄の門は、国土の85%を占めるカラクム砂漠の中央すぐ北にポッカリと口を開けて、チロチロ燃え続けている穴です。正式名称「ダルヴァザ・クレーター(Darvazaは「門、入口」の意)」。業火に似ていることから「地獄の門」と呼ばれています。
直径70m、深さ30mでサイズ的には決して大きくはないのですが、半世紀以上燃えっぱなしなのはここぐらい。砂漠の真ん中にもかかわらず見物客が後を絶たない名所となっています。
大統領の消火命令
今はコロナでぱったり見物客も途絶えてしまって、あんまり燃やし続ける旨味もないのでしょう。グルバングル・ベルディムハメドフ大統領は今月政府会議のTV中継のなかで「体にも環境にも悪い。安全面のリスクもある」「資源を有効活用すれば大きな利益が出るし国民の暮らしも豊かになる」と語って火消しを命じました(2010年にも命じているので今回で2回目ですけどね)。
行った人に谷底の様子を聞いてみた
2013年に谷底に降り立った記録上唯一の人類、George Kourounis氏に現場の様子を伺ってみたら、「淵からのぞき込むと熱風が容赦なく頬をなぐる。悪魔が手招きするように思えた。地獄と呼ばれるのも100%納得だった」とのこと。
氏は熱遮断スーツ(火山探査でよく使われる)に身を包んで、上の映像のように、ケブラー混紡のハーネスでするするする~っと降りていったんですが、17分ともちませんでした。
こんなところに生き物なんているわけないと思いながらも土を採取してきて専門家にみてもらったら結構ウヨウヨいて、これには世界中がびっくり仰天でしたが、採取したときの模様を氏はこう振り返っています。
「土のサンプルを集めようと穴を掘ると、掘る端からどんどん炎が立ち昇ってきた。掘るとそこに、メタンの新しい通り道ができる感じだった」(Kourounis氏)
熱源は地下約500mの天然ガス
地獄の門ばかりがクローズアップされがちですが、火が消えないメカニズムを理解するには、もう少し離れて全体を俯瞰する必要があります。
地獄の門の付近には泡立つクレーターが2つあります。ひとつは水を湛えており、もうひとつはチロチロ弱く火が立つ泥の沼です。石油地質力学の権威である豪アデレード大学准教授のMark Tingay博士に聞いてみたら、この一帯が属するアム・ダリヤ流域の広大な盆地の地下には、なんでもジュラ紀に形成された「原油と天然ガスが豊富に眠っており、それが血のごとく地表に湧き出てくる」のだそうです。土中にメタンガスが無尽蔵にあるせいで、中央アジアのウズベキスタンからアゼルバイジャンの辺りでは、こんな風に絶え間なく火が熾(おこ)る現象がみられるというわけです。
ダルヴァザ・クレーターの場合、ガスは地下約500mのところにあります。聖火台みたいに真ん中がくぼんでいるので、砂漠の強風にあおられて炎が搔き消されることもないんですね。
着火原因をめぐっては諸説ある
そもそも誰が火をつけたのか…ですが、冷戦下、東側の天然資源のデータは国家最高機密だったためくわしい事情は謎に包まれています。記録として残っている写真や証言が仮にあったとしても、旧ソ連邦だった独裁国家トルクメニスタンにそれを公にする権限があるとも思えませんしね。
いちおう通説では「60年代か70年代にソビエトの専門家がボーリング調査中、崩落事故が起こってメタンの毒ガスが空中に漏れたため、とりあえず燃やしたら数時間で消えるどころか延々と燃え続けてしまった」という話になっていますが、この話にも何通りかのバリエーションがあります(「旧ソの石油化学の学生たちが火を点けた」「羊のガス中毒多発に頭にきた羊飼いがタイヤに火をつけて転がして入れた」など)って信ぴょう性には疑問が残ります。「何度も繰り返せば、作り話も事実になる」(博士)という辺りが本当のところなのかもしれません。
大統領と地獄の門のつきあい
地獄の門は負の遺産でありながら観光資源でもあり、大統領も距離を測りかねている節があります。前回の消火命令では結局なんの成果もないままでしたし、2019年に大統領が死んだという噂が流れたときには、選挙カーで地獄の門の周りを滑走して華麗にドーナツターンを決める映像を流して反対派に健在をアピールしてますからね。今回もどこまで本気なのかな…と思っちゃいますが、Kourounis氏は「今度こそ真剣な気がする」とおっしゃってます。
ただ、 周辺に人はまったく住んでいないので、安全面のリスクが心配というのはやや誇張も入っていそうです(昔は村があったんですが、前大統領の命により2004年廃村になっています)。
環境の面でも問題はあまりないものと思われます。メタンの温室効果は強力で二酸化炭素の25倍とも80倍とも言われていますが、火をつけてしまえば、水と二酸化炭素に分解しますからね(二酸化炭素も環境に悪いけど温室効果はメタンほどじゃない)。いずれにしても国内重工業の排出量に比べたら「カーボンバジェット(炭素予算)に与える影響は微々たるものだ」とTingay氏。
これについては消火を専門とするGuillermo Reinインペリアルカレッジ・ロンドン工学教授に聞いても「だれの害にもなっていない」と同じ意見でした。
なぜ消すのか?
じゃあ、なぜ消火するのかというと、これには「メタンは貴重な天然資源なので集めて利用したいと考える人がいるんだろう」(同教授)という見方と、「労災が世界中の注目を浴びてきたことを恥と思っているのかも」(Kourounis氏)という見方があり、その両方と言えそうです。
消すだけなら簡単なんだけど…
でも掘る端から火の手があがるんじゃ、ギリシャのシーシュポス(岩を山の頂まで永久に運ぶ天罰を受けた)みたいなもんで、消せる気がしませんけど、地獄の門の火も普通の火と原理は同じで、3つの構成要素(燃料、熱、酸素)の「いずれかひとつを取り除くことで消すことは可能だ」と、英グリニッジ大学で防火研究グループを率いるEd Galea教授は言っています。
地獄の門の場合、燃料は地下に豊富にあるメタンなので取り除くのは無理だけど、消火器みたいに大量の泡を振りかけて火を酸欠状態にして窒息させることは可能だろうし、金属の天蓋で覆ってしまうのもひとつの方法です。
あとひとつは、もっと泥臭く、土砂で埋めてしまうこと。「クレーターをまるごと土で埋めてしまえば火はたぶん消える」とTingay氏。「ただその方法だとガス漏れは止めることができなんだよね」という但し書きがつきますけどね。
逆に言うと、ガス漏れさえ食い止められれば、火を消すことそれ自体は如才もないことなのです。地下のガスの流れを堰止めるってところが曲者で、地獄の門という出口を失えば別の何kmも離れた思いもよらない場所から吹き出ることも考えられます。そこが難しさ。
過去の事故
掘削中に天然ガスが燃える事故は過去にもたびたび起こっています。そのたびに現場ではボアホール(垂直の穴)を掘って爆弾投下したり、地上でダイナマイト爆発させて酸欠状態を生んで土砂を被せるなどしながら火を消してきました。「かなり荒っぽいやり方なので推奨はしないけど、それで事足りたことは事実」とTingay氏。ダルヴァザでそれをやるとすれば、「威力の大きい爆発でやらないと、断層と亀裂を完全には塞げないだろう」とのことです。
ウズベキスタンでは地下核爆弾が使われたが…
どれくらいの爆発が必要なのか。ヒントになるのは1963年、ウズベキスタンのガス田大火災です。大規模なガス漏れに引火して、3年近く燃え続けた事故。とうとう煮え湯を切らせたソビエトが1966年、地下核爆発で管をつぶす荒療治を断行。「消火に使ったのは核爆弾」(Tingay氏)でした。
爆発の衝撃によって、迷路のように入り組んだガス地下経脈は配置が一変したのみならず、岩が液状化してガラス状に固まってガスの通り道という通り道が一瞬にしてふさがれ火は消えました。
「冷戦下では米ソ両国で平和的核爆発実験(ソ連は「国家経済のための核爆発」を65~88年に計239回実行した) 、核爆発の平和利用(「オペレーション・プローシェア」)が盛んだったからね。地下に穴が一瞬で開くし、資源採って、工事もスピードアップできる。こんないい話はない!という時代だった。放射能のことは後回しで」(同氏)。
後回しにしても消えないのが放射能ですので、核爆発の平和利用はどちらも計画倒れで終わりました。今さら地獄の門に核が持ち出されるとも思えません。
トルクメニスタン政府が持ち出すとすればそれは超巨大な通常兵器だろうし、これをドカンとやって「運を天にまかせてガスの流れが止まることを祈る」(Rein教授)展開はありそうです(もっとも、2010年メキシコ湾で深海掘削施設ディープウォーターホライズンが爆発して原油が流出したときには、米ソ両国の核の専門家が地下脈を安全かつ効率的に塞ぐ方法として核爆弾の投下を進言しているので、まったくない話ではないけれど)。
いずれのアプローチをとるにしても、「鎮火には金もかかるし困難を極める作業になるだろう」というのがKourounis氏の読み。あまりにも膨大なコストと労力がかかるため、また途中でやめることも考えられますが、大統領が強行の構えなら、消防士もオールインでやるほかありません。なんせ地獄の門。逃げ腰で消せるような火じゃないし、ひとつでも塞ぎ漏れがあれば、そこからまた火の手が上がることも考えられます。
「完ぺきにこなすリソースがないなら、下手にいじらないのが一番」だというのがRein教授の意見です。Tingay氏も「きちんとやるか、まったくやらないかだろう」「正直、自分ならそっとしておく」と言ってました。
発電所にでもできればいいのだけど。