浅野和之インタビュー「僕は澤瀉屋のエネルギーを信じている」【歌舞伎座『新・三国志』集中連載4】

浅野和之が、三代猿之助四十八撰の内『新・三国志 関羽篇』に出演している。会場は歌舞伎座で、公演は3月28日(月)まで。四代目市川猿之助が演出・主演し、横内謙介が脚本・演出、猿翁がスーパーバイザーをつとめる注目作で、共演は猿之助、市川中車、市川笑也といった歌舞伎俳優たちだ。

浅野はこれまでも、スーパー歌舞伎Ⅱの第一弾『空ヲ刻ム者』、大ヒット作『ワンピース』、『新版 オグリ』と、猿之助が手掛ける歌舞伎作品に出演してきた。しかし歌舞伎座での公演は今回が初めてとなる。

「うれしいですね。歌舞伎座に立たせていただく日が来るなんて。一番乗りは、三谷かぶき『風雲児たち』の八嶋(智人)だった? そうだけどちょっと違うんだよ。なんていうかね、こちらの方がより歌舞伎だから(笑)」

気心知れた演劇人を引き合いに、冗談まじりに語る浅野に、現代劇と歌舞伎について、猿之助と澤瀉屋について話を聞いた。浅野が感じた猿之助の人間味とは? 笑いながら明かした「相当まずい」予感とは?

「親父とおふくろが生きていたら喜んだだろうなって兄に100回くらい言われました」と笑う。

過去の猿之助作品では、網タイツで『ワンピース』のイワンコフを勤めるなど異彩を放ってきた。今回演じるのは魏の国を率いた武将、曹操孟徳。

「おちゃらけることなく真っ向勝負です。殺戮をくり返して天下統一を果たした曹操ですが、詩や文学に造詣が深い一面もあったとか。決して正しいとは言いませんが、国を治める過程で犠牲が出るのはやむを得ないという、彼なりの理論があったのでしょう。三国志を知るきっかけにもなりますし、今の世界の情勢に重なるタイムリーな話です」

幕切れのカーテンコールでは、舞台の中央で浅野も見得を決め、ツケの音が場内に響く。

「格好悪い話、はじめはツケが僕の動きに合わせて打たれていると知らなかったんです。皆でタイミングをあわせるんだと思って、毎回周りの役者さんの動きを気にしていました(笑)。笑也ちゃんが“見得はクローズアップ”だと教えてくれて、なるほどと。面白いですね」

公演ビジュアル。初演から23年。今回は関羽と曹操の関係がより鮮明に。

『新・三国志』は、現代語の台詞で分かりやすい。観客目線では、限りなく現代劇に近い作品だ。

「お芝居に精通する憎しみ、愛、喜びは、歌舞伎も現代劇も同じですよね。でも表現の仕方は違います」

その例として、「時間のはやさ」と「舞台での立ち方」をあげる。

「まず、時間が流れるはやさから違うんです。歌舞伎役者の方々は身体に染みついているのでしょうね。スピードが違う時間の流れにもスッと入られる。僕はふだんの芝居ではありえないくらいゆっくり台詞を言っているつもりでも、まだまだ。先日も(シス・カンパニーの北村)社長に『あなた、芝居がせっかちなのよ』と言われました(苦笑)。苦労したのは、身体を真正面に向けた芝居です。現代劇だと身体に何かしらの角度を持たせることで相手との関係性を描きます。歌舞伎は真正面に向き、真正面を向いた人同士で台詞を喋る。それに少しの動きを入れるだけで、お客さんに関係性が伝わるんです」

気付いたのは、何を見せるかの違い。

曹操役の浅野和之『新三国志』  /(C)松竹

「ゆっくりと真正面に向いた芝居で歌舞伎が見せるのは、“役者”なんですよね。現代劇ではまずドラマがありそこに役者がのっかるイメージです。歌舞伎は、役者をみせるという部分が大きい。もちろんドラマも伝わるから、お客様は感動する。真正面を向かない現代劇のリアリズムだけが、唯一の正解ではないんですね」

桐朋学園で演劇を学んだ浅野は、卒業後に伝説の演劇集団「安部公房スタジオ」へ。1987年からは野田秀樹率いる「夢の遊眠社」に在籍し、近年は三谷幸喜作品でもお馴染みの顔だ。役者としての基礎は、学生時代に教わったルコック・システムと安部公房のメソッドで培った。

「演劇理論としては、人の心理に目を向けて内面から人物造形をはじめるスタニスラフスキー・システムが有名ですが、ルコックや安倍さんのメソッドは形から入ります。形といっても様式的なことではなく、人物を造形するためのアプローチと考えてください。たとえば内股で歩くのと外股くのでは造形される人物が変わりますし、こうすれば……」

背中を丸めて頭を落とし、顎を少し前に。身体を縮こませると、見る間に弱々しくて小さな老人になった。

「それを人物造形の手がかりにします。曹操さんに会ったことはないけれど、少なくとも僕のようにセコセコ歩く人ではないでしょう(笑)。胸をはっていないと立てない役です。間違っても猫背にならないよう、この芝居では姿勢矯正ベルトを使っているんです」

メイクは大きく太く描かれる  『新・三国志』/(C)松竹

「歌舞伎の化粧は、その人物の個性と結びつきがあるそうですね。コメディア・デラルテ(イタリアの伝統的な仮面即興劇)でもマスクそれぞれに決まった名前があり、たとえばアルレッキーノをかぶれば道化師になる。若い頃、マスクをつけて鏡を見て、その人がどんな動きをするか想像する訓練がありました。思えば曹操の化粧も、顔に描かれたマスクと言えますね」

現代劇で研鑽を積んできた浅野の目に、演出家としての猿之助はどう映るのだろうか。

浅野和之インタビュー「僕は澤瀉屋のエネルギーを信じている」【歌舞伎座『新・三国志』集中連載4】

「決して強権的ではありません。皆を信頼して、こう投げればこう返ってくると分かっている。でも皆がプロフェッショナルだから、手とり足とり教えたりはしないんです。その位置に立って演出できるのは、すごいことですよ。演出家って、作品だけでなく役者をデザインしていくことも仕事だと思うんです。役者一人ひとりのペースややり方を見て、段階的にイメージに辿り着けるよう“ノート”を伝える。最近“ダメ出し”とは言わず、ノート(note)とかノーツ(notes)と言うんですよね。ダメじゃなくて、前に進むための気づきの共有。そういえば四代目(猿之助)は、『ダメ』という言い方をしませんね。自分たちで考えてやってくださいねって任せる。仮にできなくても何も言わない。やれない人は生き残れない世界だと分かっているんだろうな」

(左から)曹操役の浅野和之、関羽役の市川猿之助  『新・三国志』/(C)松竹

浅野が猿之助を知ったのは、2006年のパルコ劇場『決闘!高田馬場』だった。

「当時は亀治郎さんでした。三谷さんが歌舞伎をやるというので観にいって。どっしりした侍、おきゃんな町娘、小野寺右京は……たしか変な役だったね(笑)。三役を早替りでやるのに、すべて違っていて軽妙。町娘は可愛いし、武士は貫禄があった。まだ30歳の役者さんだと聞いて驚いちゃった」

そして、2011年『狭き門より入れ』(パルコ劇場)で初共演する。猿之助が初めて出演したストレートプレイだった。

「台詞をガッと掴むように覚えて言うんだよね。落ち着いているし度胸もある。でも実は……当時ドッキドキだったんですって! 最近になって、毎日帰りたくなるぐらい緊張していたと聞きました。四代目にもそんなことがあるんだ! と人間を感じました(笑)」

歌舞伎座横のカレー店「ナイルレストラン」がお好き。「18歳の頃から通っています」と明かした。

そんな浅野も、実はとても緊張するという。

「初日のたび、今日で千穐楽でいい! もう終わって! って思うくらい緊張します」

緊張を和らげるのに必要なものを聞くと「稽古量」だと答えた。

「ここ数年、稽古時間が減っているんです。劇団ではなくプロデュース公演が増えた関係でしょうね。上演時間が1時間だろうと3時間だろうと稽古期間は同じであったり、テーブル稽古(読み合わせ)をせず、すぐに立稽古をすることも。僕はテーブル稽古ってとても大事だと思うんです。役者同士でやりたいことのコンセンサスをとれるだけじゃなく、自然と周りの台詞も頭に入ってくる。各自で台詞を暗記していきなり立って合わせるよりも、軌道修正に時間がかからないんだよね。今のやり方が続くと、器用な役者しかやっていけなくなってしまう。私のような決して器用ではない役者にとっては不安です(笑)」

そんな中、今公演は何日間稽古ができたのかたずねると、浅野は両手の指を広げ親指をたたみ「たったの9日!」と笑い崩れた。

「そこはちゃんと理解しています!(笑)コロナ禍と関係なく、歌舞伎の人たちは古典だと3日くらいの稽古でやるんでしょう? 歌舞伎は寄せ集めのチームではなく、劇団のようにお互いを知っている同士でもありますね。培ってきた技ややり方もあります。もちろん9日と聞いた時は不安もありましたが、僕は澤瀉屋のエネルギーを信じているから。このチームなら、できるだろうなと思いました」

(左から)張飛役の市川中車、劉備役の市川笑也、関羽役の市川猿之助   『新・三国志』/(C)松竹

「若い人も昔からの人も澤瀉屋を大事にしてるのがよく分かるし、皆さんよく勉強されています。猿翁さんのもとで20代30代を死に物狂いでやってきた方々は、ここぞという時に集中して発揮できる力があるし自信もある。さらにはスタッフワークも素晴らしいから。で、9日の稽古で見事にやれてしまった。これはね……相当まずいですよ? 四代目は味をしめてしまったでしょうからね。きっとまたやろうとしますよ(笑)」

猿之助との初共演から10年が過ぎ、舞台、映像作品と数々の現場を共にした。

「四代目は、決して体が大きいわけではないのに、舞台では大きく見えます。存在感や背負うものが立ち方に出るのかな。芯に強いものがあり、何かに守られていそうな感じもあるし。とにかく肝がすわっている。そして頭が良い! 今回も開幕3日前にはじめて立ち稽古に入って、初日までにあれだけのモノを頭にいれられちゃうんだから。香川(中車)さんもそういうところがあるから……あの一族か! 猿翁さんの天才的な血なのでしょうね、おそろしい!(笑)」

関羽役の市川猿之助。『新・三国志』 /(C)松竹

澤瀉屋の舞台に立つ中で、猿翁の存在を感じるという。

「僕はとても恵まれていて、大学を出てすぐに安部公房さんと出会い、野田秀樹さんとも出会えました。天才だと思う人たちに共通するのは、努力を努力と思わないところ。僕なんかすぐに『努力しなきゃ』と思ってしまうけれど、彼らはそんなことを思いもせず勝手に身体が動いている。猿翁さんもそんな方なのでしょう。まさに芝居の申し子。一門の皆さんからお話を聞き、四代目を見ていてそれを感じるんです。猿翁さんに直接お会いしたことはありませんが、それを受け継ぐ四代目と一生のうちに出会えました。歌舞伎に出させてもらうことだけではなく、四代目との出会いが僕にとってすごく大きなことだと思っています」

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インタビューも終わるころ、浅野は歌舞伎の中では世話物が好きだと明かし、「3月の『芝浜革財布』、4月の『荒川の佐吉』は観たいですね。機会があれば自分でもやってみたいな」とも語っていた。『新・三国志 関羽篇』は歌舞伎座『三月大歌舞伎』第一部にて3月28日(月)までの公演。『四月大歌舞伎』は4月2日(土)から27日(水)までの公演。

「ちょっと跳んでみましょうか」と浅野和之

ちょっとどころではなく跳んだ浅野和之。

※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは「わかんむり」です。

取材・文・撮影(クレジットのないもの)=塚田史香

『三月大歌舞伎』■日程:2022年3月3日(木)~28日(月) 休演 10日(木)、22日(火)■会場:歌舞伎座 【第一部】午前11時~ 羅 貫中 作「三国演義」より横内謙介 脚本・演出市川猿之助 演出市川猿翁 スーパーバイザー三代猿之助四十八撰の内新・三国志(しんさんごくし)関羽篇市川猿之助宙乗り相勤め申し候 関羽:市川猿之助劉備:市川笑也香溪:尾上右近孫権:中村福之助関平:市川團子諸葛孔明:市川弘太郎改め市川青虎華佗:市川寿猿司馬懿:市川笑三郎陸遜:市川猿弥黄忠: 石橋正次曹操:浅野和之呉国太:市川門之助張飛:市川中車 【第二部】午後2時40分~ 河竹黙阿弥 作天衣紛上野初花一、河内山(こうちやま)質見世より玄関先まで 河内山宗俊:片岡仁左衛門松江出雲守:中村鴈治郎宮崎数馬:市川高麗蔵腰元浪路:片岡千之助番頭伝右衛門:片岡松之助北村大膳:中村吉之丞米村伴吾:澤村宗之助黒沢要:中村亀鶴大橋伊織:坂東亀蔵和泉屋清兵衛:河原崎権十郎後家おまき:坂東秀調高木小左衛門:中村歌六 二、芝浜革財布(しばはまのかわざいふ) 魚屋政五郎:尾上菊五郎政五郎女房おたつ:中村時蔵左官梅吉:河原崎権十郎錺屋金太:坂東彦三郎酒屋小僧:寺嶋眞秀桶屋吉五郎:市村橘太郎大家長兵衛:市川團蔵金貸おかね:中村東蔵大工勘太郎:市川左團次 【第三部】午後6時30分~ 近松門左衛門 作一、信州川中島合戦(しんしゅうかわなかじまかっせん)輝虎配膳 長尾輝虎:中村芝翫お勝:中村雀右衛門直江山城守:松本幸四郎唐衣:片岡孝太郎越路:中村魁春戸部銀作 補綴増補双級巴二、石川五右衛門(いしかわごえもん)松本幸四郎宙乗りにてつづら抜け相勤め申し候 石川五右衛門:松本幸四郎三好長慶:中村松江三好国長:中村歌昇左忠太:大谷廣太郎右平次:中村鷹之資佐々木秀経:中村玉太郎細川和氏:市川男寅仁木頼秋:市村竹松次左衛門:松本錦吾呉羽中納言:大谷桂三此下久吉:中村錦之助■公式サイト https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/745 購入はこちらから 『四月大歌舞伎』■日程:2022年4月2日(土)~27日(水) 休演 11日(月)、19日(火)■会場:歌舞伎座 【第一部】午前11時~ 河竹黙阿弥 作奈河彰輔 補綴通し狂言天一坊大岡政談(てんいちぼうおおおかせいだん)紀州平野村お三住居の場より大岡役宅奥殿の場まで 大岡越前守:尾上松緑山内伊賀亮:片岡愛之助池田大助:坂東亀蔵平石治右衛門:中村歌昇下男久助:坂東巳之助下女お霜:坂東新悟近習金吾:市川男寅 同 新蔵:中村鷹之資嫡子忠右衛門:尾上左近藤井左京:市川青虎名主甚右衛門:市川寿猿お三:市川笑三郎伊賀亮女房おさみ:市川笑也赤川大膳:市川猿弥僧天忠:市川男女蔵吉田三五郎:中村松江大岡妻小沢:市川門之助天一坊:市川猿之助【第二部】午後2時40分~ 真山青果 作真山美保 演出齋藤雅文 補綴・演出江戸絵両国八景一、荒川の佐吉(あらかわのさきち) 荒川の佐吉:松本幸四郎丸総の女房お新:中村魁春お八重:片岡孝太郎極楽徳兵衛:中村亀鶴大工辰五郎:尾上右近櫓下の源次:大谷廣太郎あごの権六:中村吉之丞茶屋女房おかつ:中村歌女之丞白熊の忠助:嵐橘三郎鍾馗の仁兵衛:松本錦吾隅田の清五郎:市川高麗蔵成川郷右衛門:中村梅玉相模屋政五郎:松本白鸚二、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)所作事 時鳥花有里(ほととぎすはなあるさと) 源義経:中村梅玉鷲尾三郎:中村鴈治郎白拍子園原:中村壱太郎同 帚木:中村種之助同 伏屋:中村米吉同 雲井:中村虎之介白拍子三芳野:中村扇雀傀儡師輝吉:中村又五郎【第三部】午後6時20分~ 森 鷗外 原作宇野信夫 作・演出一、ぢいさんばあさん 美濃部伊織:片岡仁左衛門下嶋甚右衛門:中村歌六宮重久右衛門:中村隼人宮重久弥:中村橋之助久弥妻きく:片岡千之助戸谷主税:片岡松之助石井民之進:片岡亀蔵山田恵助:河原崎権十郎柳原小兵衛:坂東秀調 伊織妻るん:坂東玉三郎 二、お祭り(おまつり) 芸者:坂東玉三郎若い者:中村福之助同:中村歌之助公式サイト https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/750 購入はこちらから

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