国内 「なんでよりによって自民党から出るんですか?」『ラブひな』『ネギま!』…ヒットメーカー赤松健を決心させたもの

「私自身がいわゆる“キモオタ”なんですよ(笑)」累計5000万部超のマンガ家はなぜ「それはないな」な決断をしたのか から続く

 2022年夏の参議院選挙に自民党の公認候補として比例区に出馬することを、昨年発表したマンガ家の赤松健さん。

【画像】 『ラブひな』や『魔法先生ネギま!』と並ぶ、カラーの4コママンガが描かれた特製の「ビラ」

 90年代から「週刊少年マガジン」(講談社)誌にて『ラブひな』や『魔法先生ネギま!』などのヒット作を連発し、コミックス累計発行部数が5000万部を超える人気作家は、なぜいま、出馬に至ったのか――。(全2回の2回目/前編を読む)

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「だいたい自民党が悪い(笑)」のに自民党から出馬をした理由

――赤松先生のこれまでの活動実績を見ると、別に政治家にならなくても成果を残してきたように思います。なぜ参院選に出馬するのでしょうか。それも、自民党から。これまでマンガを規制しようとしてきたのは自民党でした。

赤松 だいたい自民党が悪いんですよ(笑)。おっしゃるとおり、これまで自民党はマンガを規制したい人たちの集まりみたいな感じでした。だから日本漫画家協会は、野党に陳情して、表現規制に繋がる法案に反対してもらっていました。

 野党に陳情に行くだけでなく、ヒアリングに招かれたり、われわれの立場から説明をしたり……。当時の民主党にお願いにいくと、枝野幸男さんなんかはすごく味方してくれましたよ。

 様子が変わってきたな、と感じたのは去年の衆院選(2021年10月)のあたりからです。

――どのように変わりましたか?

赤松 その頃、野党の方々が、ジェンダー平等を過度に打ち出すようになったでしょう。

――立憲民主党は、2022年夏の参院選の公認候補は、半数を女性にする方針を明らかにしています。そういった姿勢のことでしょうか。

赤松 いや、2021年の衆院選の時点で、例えば共産党は公式な政策集に「非実在児童ポルノ」という言葉を登場させ、「非実在児童ポルノは、現実・生身の子どもを誰も害していないとしても、子どもを性欲や暴力の対象、はけ口としても良いのだとする誤った社会的観念を広め、子どもの尊厳を傷つけることにつながります。」と記しました。

 これは石原都知事時代の「非実在青少年」を思い起こさせる言葉ですが、被害者がいなくても風紀が乱れるから創作物を規制せよということで、ずいぶん方針が変わったような印象を受けました。

――たしかに、「共産党は表現規制の容認に舵を切ったのか」と話題になったのも昨年の10月頃でした。

赤松 それ以前から、創作物について「女性蔑視だ」「過度に性的だ」と批判されることが目立つようになりました。

 日本赤十字社がマンガ『宇崎ちゃんは遊びたい!』とコラボした献血PRポスターが「環境型セクハラ」と非難されたり、千葉県警と松戸警察がVTuber「戸定梨香」とコラボした交通安全啓発のPR動画が「スカートの丈が短い」などの理由から、全国フェミニスト議員連盟に抗議されて削除されたりと、もはや女性キャラクターの“炎上騒動”は日常茶飯事となっています。

 これは、実在の女性モデルを批判すると「女性vs女性」の構図になってしまうため、主に創作物の女性キャラクターの容姿が狙われるようになったのでしょう。これらの抗議活動は、本当に男女差別をなくすことに寄与しているのでしょうか。甚だ疑問です。

――「頬を赤らめている」とか「服の皺が多い」イラストを「過度に性的に強調されているから不適切」と言われていることも目にしますが、そのような方針で創作物を規制するのはよくない、ということでしょうか。

赤松 先述した児ポ法(児童ポルノ禁止法)と同様に、実在の女性や児童の権利を守ることに対しては賛同していますが、科学的な根拠も法的な根拠もない、感情論による行きすぎた表現規制には断固反対します。

「『セーラームーン』を読んで『作者は白人に憧れている!』と思いますか?」

――これまで「性描写」や「残酷描写」の観点からマンガを規制しようという動きが主でしたが、ジェンダーの観点から創作物を規制しようとする動きがあらたに出てきた、と。

赤松 国連の女子差別撤廃委員会等、海外からの圧力も強まっています。また、いわゆる「ポリティカル・コレクトネス」の観点からの規制の動きもあります。黒人のキャラクターの声は黒人に担当させる、みたいな話は聞いたことがありませんか?

――アメリカの長寿アニメ『シンプソンズ』は、プロデューサーが「白人が担当した非白人キャラクターの声は、すべて入れ替える」と声明を出しました。

赤松 日本のアニメでは、少年役に女性声優が声を当てることは、よくある手法です。『魔法先生ネギま!』の主役・ネギくん(少年)の声も、女性声優さんが演じてくれました。

 海外では人種やジェンダーが非常に大きな問題になっているのは分かりますが、だからといって日本でも全く同じような価値観で配役しろ、という圧力は受け入れるべきではありません。日本では、性別や人種ではなく、「声優としての実力」で勝負できるようであってほしいのです。

 いずれ日本マンガや日本アニメにも「登場人物の男女を同数に」だとか、「さまざまな国籍、宗派、人種を登場させろ」だとか「男性キャラクターは男性声優が担当すべき」だとか言われるのだとは思いますが、そこは抵抗すべきです。

――登場人物の人種構成に関しては、海外の広告や実写映画だと、その傾向が顕著になってきました。

赤松 たとえば『美少女戦士セーラームーン』の月野うさぎちゃんは金色の髪で描かれますし、『ラブひな』の成瀬川なるの髪色はスクリーントーン51番(※編集部注・グレー)です。こういった髪色を見て、我々日本人は、彼女たちを「欧米系の女性」と感じますか?

――そう感じる人は少ないと思います。たくさん登場するキャラクターを区別するための手法であり、いわば記号的な表現です。

赤松 そうです。日本人のように全国民がマンガやアニメに親しんでいると、それが常識です。

 しかし、海外にはそれがわからない人もたくさんいる。そういう人たちからすれば、マンガやアニメであっても登場人物は人種構成や男女比が考慮されるべきであり、また女性が色っぽいものとして描かれてはいけない……となる。「男女平等のために表現規制をしましょう」と目的が大きくなったとたんに、一気にガタガタと規制へと転じていくことが危惧されます。

 いっぽうで自民党にはいま、少なくとも「マンガやアニメを規制しよう!」という動きはありません。

「オタク層という票田が可視化された」先にあるもの

――……本当ですか?

赤松 別にゼロではないですが、以前のように表立って言う人はいませんよ。それは表現規制に反対する活動を続けていた山田太郎さんが、2019年の参院選で自民党の公認を受けて出馬し、党内2位の54万票を集めたからです。良くも悪くも、生半可に手を出して“ヤケド”したくないんでしょう。

――「オタク層という票田が可視化された」と考えれば納得はできます。しかし、これまでの規制の動きを見ていると、にわかには……。

赤松 もちろん「規制しようという人が表立ってはいなくなってきた」だけであって、積極的に創作界隈を盛り上げていこうという議員は、山田さん以外にはあまりいません。

 この状況、「山田さんは孤立していてヤバイんじゃないの?」と思います。もし山田さんがご病気でもされたら大変ですよ。せめて自民党内にもうひとり、山田さんと同じような人がいないと、危険です。

 山田さんからは長年にわたってアプローチを受けていましたが、ちょうど『UQ HOLDER!』の終わりが見えてきたこともあって、そのタイミングで「お受けします」と御返事しました。ここまでお待たせしたのは本当に申し訳なかったと思います。本当はもっと早くにクリエイターが声を上げるべきでした。

――ちなみに自民党からの公認って、どうやってもらうんですか?

赤松 自民党の選挙対策委員会に書類を提出して面接を受けるんですよ。私の場合、山田さんからの推薦があったということになります。

「講談社の担当編集は驚いていましたけど…」

――出馬を表明されてから、周囲の反応はいかがでしたか?

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赤松 講談社の担当編集は驚いていましたけど、「やはりな」という感じもあったようです。それまでも山田さんと密に活動していましたからね。

――講談社からすれば、看板作家が連載をやめることになります。引き留められたりはしなかったのですか?

赤松 止めるんだったら、ほかにタイミングはあったはずですよ(笑)。「週刊連載やりながら児ポ法反対活動はやめろ」とか。

――参議院議員の任期は6年。その間、連載は難しいんじゃないですか?

赤松 いま立候補せずに新規に連載をはじめれば、もう1本くらいは、まだ「赤松ブランド」でアニメ化までいけるかもしれない。

 でも、もう28年もやっているので、そろそろ「やりきった感」はありますよ。「少年マガジン」の連載陣で私より年上なのは、森川ジョージ先生だけですもん。週刊少年誌に描くのは、やっぱり若い作家がいいんじゃないでしょうか。いまだったら『東京卍リベンジャーズ』の和久井健先生とか、才能のある若手がいっぱいいます。

「ここは俺に任せろ、先に行け」精神と“日本マンガの未来”

――もうマンガは描かない?

赤松 いや、それはないですね。赤松スタジオのスタッフはそのまま維持していますから、なんらかの形で創作物を出すつもりです。

 政治活動を紹介するマンガも作りました。これは私のビラなんですけど、カラーで4コママンガを描きました。政治のビラなんてあまり興味を持ってもらえないものですけど、これはすごく手に取ってもらえますよ。

――マンガ家の参院選立候補として有名なのは、1982年に本宮ひろ志先生が出馬を表明し、その過程をルポ形式で描く作品『やぶれかぶれ』を「少年ジャンプ」に連載(1982年31号~1983年8号)したことがあります。

 作中で「週刊文春」が批判されている箇所もあるのですが……、当時は手塚治虫先生が「それより、後世に残るような傑作をかくべき」と出馬に反対していました。赤松先生に対しては、ほかのマンガ家の反応はどうですか?

赤松 どちらかといえば「(表現規制への抵抗は)赤松がやるから任せておこう」と丸投げされてきた感はあります。そのせいか特に立候補に反対する同業者もおらず、40年前とは時代が変わったと思います。

 ただ、みんなは「赤松先生の思うとおりにやってください」とか「頼りにしてます」と言ってくれますが、本当はどう思っているのか不安になることもあります。

――「必要性は感じているが、俺はやりたくない」と。

赤松 言い方は悪いですが、そういう側面はあるかと思います。でも、あえていえば「いま売れている人」はそれでいいんですよ。

 いったん私が持ちこたえる間に、日本の文化を守ったり発展させたりして、でもそれなりに執筆活動に満足したり、ある程度やりきったら手伝って欲しい。「ここは俺に任せろ、先に行け」じゃないですが、しばらくは私が頑張るので、いずれは後に続く人が出てきて欲しいです。

 とはいえ、私も結構な歳になりました。『やぶれかぶれ』では、作中で本宮先生が銀座のクラブに飲みに行って、さいとう・たかを先生と石ノ森章太郎(当時・石森)先生に色々厳しい忠告をされるシーンがあるんですけど、いまの私は、当時のさいとう先生と石森先生よりもかなり年上なんですよね。

なぜマンガ家は政治家にならないのか

――結局、本宮先生は出馬を断念されました。あれから40年、マンガ家が政治家になった例はありません。プロレスラーや作家などと比べると一目瞭然です。なぜマンガ家は政治家にならないのでしょうか?

赤松 ひとつには、自分の作品に政治色がつくのを嫌がるというのはあるでしょう。「あの作者は○○党支持者だから」と思われてしまうと、読者は作品を純粋に楽しめないのでは、と考えてしまうわけです。

 私は昔から「売れそうなものを計算で作っている」とか「マンガ屋」みたいに言われがちで、割と作品と人格を切り離して評価されます。とはいえ、自分が描いてきたキャラクターを使って政治マンガを描くかと言われれば、それはしません。人格と作品をイコールで評価されやすい作者であれば、政治色がつくのを避けるのは理解できます。

 それともうひとつは、殆どのマンガ家はマンガを描くのが大好きなんですよ。あるとき、国会議員にも人気のある超ベテランマンガ家さんに「都知事選に出てくださいよ、絶対受かりますよ」と言ったことがあるんですけど、「いや、赤松くん。僕はマンガ描くのが好きなんだよね」と断られたことがあります(笑)。

――マンガ家にとっては「生涯現役」がひとつの理想なのかもしれませんね。

赤松 ほかのことは、なるべくやりたくないという人たちが多いのは事実です。ただ、私が立候補を表明したことで、政治や表現規制に対して声を上げる人が増えてくるといいな、と期待している部分もあります。

「漫画村」時代の4倍以上に膨れ上がった被害額

――赤松先生のこれまでの活動の延長上に参院選出馬があるなら、おもな活動指針は「表現規制への抵抗」となりますか?

赤松 それは重要です。私はいまの表現を取り巻く状況は、素晴らしいと考えています。一次創作者が高圧的に二次創作を禁じるわけでもなく、二次創作者が声高に権利や正当性を叫ぶわけでもない。

 誰もが好きなことを表現できる現状を維持したい。ですから、これを脅かすような規制が出てきたときには、抵抗していきたいですね。

――では、政治家になったら実現したいことはなんでしょうか?

赤松 喫緊の問題は海賊版サイトへの対策です。

――「漫画村」は潰れましたが、同様のサイトはまだ多いようですね。

赤松 コロナ禍での「巣ごもり需要」によってマンガの電子書籍の売り上げは飛躍的に増加しました。出版不況と言われていますが、マンガの市場は過去最大の売り上げになっています。

 一方で、それと比例して海賊版サイトの被害も増加し、被害額が「漫画村」が問題になった頃の4倍にも膨れあがっています。

――そんなに増えましたか。

赤松 こうした海賊版の運営サイトは海外が拠点になっていて、いまはベトナム系が主流です。われわれがいくら海賊版サイトを問題視しても、まだ海外の感覚だと「たかがマンガでしょ、なんでベトナムの税金を使ってまで取り締まる必要があるの?」となってしまう。

 しかし、マンガ家自身が政治家になって現地に赴き、窮状を訴えれば、それが日本にとってどれだけ重要な問題なのかが伝わるんじゃないかと思うんですよね。「日本のマンガ家の中で、自分が最も海賊版対策に携わってきた」という自負はあるので、まさにお似合いの仕事だと思います。

「議員会館に液晶タブレットを持ち込む最初の議員になるかもしれませんね(笑)」

――紙で単行本を出してもらえない作家にとっては、電子版を劣化なくコピーされるのは死活問題です。

赤松 紙でも売れるようなごく一部の“超・人気作品”が売り上げを牽引していますが、業界にはまだまだ電子版でしか読めない新人作家が多くいます。

 そこから次の大ヒット作が生まれているのに、そうした「電子オンリーのマンガ家」は電子の海賊版サイトによって文字通り大打撃を受けてしまいます。これだけマンガが大盛況の時代に、食いっぱぐれる作家が出てはならないと思います。

 あと私がつねづね言っているのは、マンガやアニメを使って外交することですね。自衛隊がイラクのサマーワに派遣されたとき、給水車に『キャプテン翼』の絵が描かれていると攻撃されない、なんて噂がありましたけど、外務省に聞いたら事実だったんですよ。

――『キャプテン・マージド』(『キャプテン翼』のアラビア語版)はアラブ諸国で大人気です。

赤松 昨年の東京五輪の開会式でも、各国の入場プラカードにマンガのフキダシを使っていたのは記憶にあたらしいところだと思います。

 また、来日したフランスのマクロン大統領は、大友克洋先生(『AKIRA』『童夢』など)や真島ヒロ先生(『RAVE』『FAIRY TAIL』など)に会って大喜びでした。更に、日本にあまりいい感情を持っていない国であっても、『エヴァンゲリオン』は大好きだったりします。

 こうしたことを見ても、海外から見れば、やっぱり日本は「アニメの国」であり「マンガの国」なんですよね。だから、マンガ家自身が日本のウリ(=アニメ、マンガ)を持っていって宣伝すれば、日本の良さを分かってもらいやすいはずです。いうなれば「作者の顔が見えるマンガ外交・アニメ友好」ですね。

 その過程において、現状ではポリティカル・コレクトネスと相容れない日本アニメ・マンガの多様性や面白さを伝えられたり、新しい商業的なチャンスが生まれると思います。

 そのためには海賊版は撲滅しなければなりませんし、エビデンスのない表現規制も認めるわけにはいきませんね。

――夏には選挙が控えています。マンガ家の出馬に前例がない以上、どこからが公選法の事前活動になるのか、手探りでは?

赤松 そこは弁護士に相談しながらやっています。やっぱり私の武器はマンガですから、マンガを使っていきたいですね。

 難しい政治用語や政策も、かわいいキャラクターやカッコいいキャラクターがカラーのマンガで説明してくれたら、動画を見る時間がない人でも「見てもいいかな」と思うはずです。もし私が当選したら、議員会館に液晶タブレットを持ち込む最初の議員になるかもしれませんね(笑)。

写真=佐藤亘/文藝春秋

(加山 竜司)

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