島の香りを南風に乗せて 国内外に発信 喜界島の農産物加工品 | OVO [オーヴォ]
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奄美大島から飛行機で15分。喜界島(きかいじま)は奄美群島で最も東部に位置する人口7千人の島だ。周囲48キロメートルの隆起性サンゴ礁の島は、年間2mm程隆起を続けており、その速度は世界でも三本の指に入る。
島の約2割の世帯が農業を営んでおり、農産物販売金額の約5割がサトウキビやゴマなどの工芸農作物。
喜界島のサトウキビ生産は、1戸当たりの収穫面積が鹿児島県下で最大であり、100年以上前から始まった白ゴマの栽培は、国内産の半分以上を占め、日本一の生産量を誇る。
栽培されている柑橘類も在来種が多く、「柑橘類のガラパゴス」とも評される。喜界島では庭木としても盛んに栽培されている柑橘類だが、自家消費には限界がある。
ミネラルたっぷりの島の土。実った果実の魅力を余すところなく伝えようと、加工品の生産に励む人々がいる。喜界島ならではの真摯な物作りに迫った。
「トバトバ」とは喜界島の言葉で「うきうき」「わくわく」「今にも飛び立ちそうな気持ち」。ご機嫌な気持ちを商品名にしたクラフトコーラがある。甲原和憲さん(35) 真子さん(33)夫妻が作る「トバトバコーラ」だ。
シンガポールの旅行会社に7年間勤務した夫妻。二人は結婚を機に妻の真子さんの実家がある喜界島に居を移した。
「島の庭木としても栽培されている『シークー』という種類のミカンがあるのですが、生産量が多く、余剰分は廃棄されていました。『あ、これはもったいない』『コーラシロップの原液として活用できるのでは?』と思ったのです。目指したのは、シンガポールで馴染みのあった『ハーバルシロップ』。ハーブやスパイス、果物を漬け込んだノンアルコールの飲料は天然素材を活かした爽やかな風味に満ちていました」
「喜界島は在来種の柑橘類が多く栽培されています。高貴な香りでファンも多い『花良治(けらじ)ミカン』や、島ミカンと呼ばれている『クリハー』など。喜界島は珊瑚で出来た島。豊富にミネラルを含んだ土壌が育てた柑橘類の美味しさは島の誇りでもあります。『シークー』は島人に親しまれている身近な味。優しい酸味と甘さのバランスは、コーラのベースとしても最適でした」
「トバトバコーラ」のベースとなっているのは、喜界島育ちのミカン。喜界町農産物加工センターで圧搾され、喜界島産のザラメ糖と14種類のスパイスがブレンドされる。
「喜界島のミカン果汁が30%。ザラメ糖も喜界島産。そこに14種類のスパイスから抽出した原液を加えます。苦心したのはスパイスの調合。レシピを完成させるまでには、気が遠くなる試作の繰り返しがありました。国内でクラフトコーラを作っている例も数える程。教科書もありません。近道をしては学ぶことの無かった事も沢山ありました」
9ヶ月の開発期間を経て、2020年3月に「トバトバコーラ」は完成した。原液を瓶に詰めたコーラシロップ。妻の真子さんがデザインを手がけたラベルが貼られていく。4倍に希釈するのが基本の割合。炭酸水の他、ビールやワインにも良く合う。牛乳で割ってもしっかりと風味が残る。
「喜界島は珊瑚で出来た島。日々隆起を重ねている珍しさから、海外メディアが取材することも多く、フランスの雑誌社が取材の過程で私達のコーラを目にしたそうです。先日届いたメールには『余剰生産されている島内のミカンを使っているコンセプトと味が気に入ったんだ。大切にフランスに持ち帰って家族と楽しんだよ』というメッセージが。私たちが『トバトバ(ウキウキ)』したのは言うまでもありません」
「原材料の収穫、搾汁、調合、瓶詰めまで全てを島内で行っています。島外のメーカーに製造委託する選択はありませんでした。島での起業には夢があります。通信環境も整っているので、販路開拓や顧客とのコミュニケーションにも問題はありません。現在、北海道から九州まで取扱店が増えました。どんな場所からでも発信できる。そう信じて南の小さな島から、国内や世界に向けて発信し続けたいと思っています」
コーラを作り終えた後、海岸に来ることが日課だった夫妻。海岸に打ち寄せられた漂着物に目を奪われた。
「沈む夕陽、島の海。白い砂浜に漂着した人工物に違和感を覚えたのですが、海に洗われ、紫外線を受け続けたプラスチック片の色彩に引き寄せられたのです。マイクロプラスチックは環境を汚染し大きな問題となっていますが、私達だけでは全ての漂着物を集めて処理することは出来ません。漂着物の色彩を活かしてアップサイクルすることにより、環境問題を身近に考える契機になるのではないか。浮かんだのはアクセサリーにすることでした」
真子さんは集めたプラスチック片を樹脂で固めてアクセサリーを制作。ピアス、指輪、イヤーカフなど。完成した作品はインターネットを通じて販売され、反響を呼んだ。
「注目されたのは色彩でした。求めた方の多くが唯一無二の色を求めている。環境を考える機会にもなったとの声も。身につけた指輪を見ていると、自然にプラスチックゴミを出さない消費行動を心掛けるようになったそうです」
島の素材を見つめ、自らの手で磨き上げる。作り上げられた新しい価値は、共感を経て次の時代への扉を叩く。喜界島で生まれた「トバトバ(ウキウキ)」なクラフトコーラやアクセサリーは、国内外の顧客に支えられて今日も海を渡る。
「一番人気は黒糖焼酎のセット。島ザラメ(粗糖)20kg×1袋が人気なのも喜界島の特徴でしょうか」と話すのは、喜界町役場企画観光課ふるさと未来創生室の實浩希主査(36)だ。
「島では製糖シーズンが終わるとザラメを家庭に配布する習慣があるのです。それを小分けにして親戚や知人に配ります。出身者の方がこの習慣を懐かしみ、ふるさと納税の返礼品として指定することもあるのですが、製菓業を営む方やお菓子作りを趣味にされている方からも口コミで注文が増えています」
日本一の生産量を誇る「白ゴマ」や奄美群島のみに生産が許された「黒糖焼酎」に加え、パッションフルーツやマンゴー、トマトやカボチャなど「農産物」の出荷量も増えているという。
「喜界島は努力家が多いのです。作物を育てる時には、じっくりと観察する。問題が出た場合には、相談できる身近な仲間がいる。より良い作物や製品を作るためなら、自由に意見を言える空気がある」と話すのは、喜界町の隈崎悦男町長(68)だ。
町が整備した農産物加工販売施設は、町民が自由に使うことが出来る。新製品の開発に使う試験室から、本格生産にまで対応する設備が整備されている。
「コーラシロップやクッキーなどの焼き菓子など、新しいアイデアが次々に製品化されている。返礼品に寄せられた期待を裏切ることのない品質だと自負している。手にした方が笑顔になるためには、町民も私も太鼓判を押せるクオリティーが必要だ。喜界島の真心を1人でも多くの方に届けたい」
喜界島在住の女性が中心となって活動している「喜界島結い」は設立15年。島内産の農産物を使った加工品を生産している。製品は島内での販売に加え、島外への出荷も増え続けている。代表の体岡広美さん(61)に話を聞いた。
「『フスー』や『シークー』といった在来種の島ミカンを使い、ポン酢や焼き肉のたれを作っています。島内のスーパーで販売していることもあり、島内での支持がジワジワと広がりました。コロナで観光客が減少した今でも、追加注文の生産に追われています」
「日本一の生産量を誇る白ゴマとその加工品も人気です。島のゴマは在来種。香りが違います。『胡麻しゃぶだれ』は全国ネットのテレビ番組に取り上げられたこともあり、追加生産に追われています。コストを考えると販売価格をもっと高くしたいところなのですが、島の食卓でも気軽に使って欲しいという願いから、販売価格を抑えています。器用なことは何もしていません。家族の健康と笑顔を頭に浮かべながら、コツコツと丁寧に作り続けています」
「衛生面での追求に終わりはありません。人が口にするものです。原料へのこだわりと同じ情熱を衛生管理に注ぎ込んでいます。製品の一部は島内の学校給食にも採用されています。間違いがあってはいけません。加工場に入る前は仲良しのメンバーも、作業中は私語厳禁。規律を守ることも品質の一つ。美味しくて、あたりまえ。メンバーが責任を自覚していることがとても嬉しい」
「加工場と同じ場所にある『結いカフェ』は、観光協会に隣接し、物産販売コーナーも備えたカフェ。軽食も楽しめる憩いの場です。Wi-Fiが整備されているので、ワーケーションで島に来た方がパソコンを広げて仕事をしている姿も良く見かけます。カフェのスタッフが販売している加工品についての質問にも的確に答えることが出来るのが強みです。売れている商品には、理由がある。リピートされている商品にも理由がある。私達が学んだことの一つです」
町内の先山集落に住む金久誠次さん(78)と恭子さん(74)夫妻は島のミカンを提供してくれているメンバーだ。
「自家農園で育てた作物を供給したり、在来種のミカンを提供したりしています」と誠次さん。
「『喜界島結い』が作った『島みかんぽん酢』にみりんと胡椒、オリーブオイルとすりゴマを加えるとドレッシングの出来上がり。喜界島の太陽と海風を受けて育った農産物は元気一杯。加工品を作る皆さんも元気一杯。多くの人に島の魅力が届きますように」
喜界島でライブハウスFunky Station SABANI(ファンキーステーション サバニ)を経営する栄忠則さん(59)は、喜界島産にこだわった素材の料理やドリンクを店内で提供している。
「『トバトバコーラ』はハイボールに良く合う。ウイスキーとの相性も抜群。子ども達にはミルク割りで出すこともある。とにかく人気。初めてだけど、親しみがある味。フィッシュバーガーのタルタルソースに混ぜているのは、『喜界島結い』が作っている『島みかんドレッシング』。自然な柑橘の香りと酸味は唯一無二。ソースに爽やかな後味を与えています。豆腐のサラダには、『喜界島結い』が作った『そらまめクルトン』をトッピング。空豆も喜界島の特産品」
「バーガーのバンズは、町のベーカリーに特注したサイズ。毎日注文し、焼きたてを取りに行く。使う魚は島の漁師が突いたエラブチ(ブダイ)。鮮度抜群のフワっとした身が自慢。口にしたお客さんが驚いた後に『これは何で作ってるんですか?』と質問をするんだよね。それが嬉しくて。私一人じゃ出せない味。真心込めて材料を作っている島人のプライドに、お客さんの心が揺れるんだと思う」
栄さんの携帯電話にメッセージが届いた。時計の針は深夜0時をまわっている。『エラブチ、1尾。忠則の分。いつものクーラーボックスに入れておく』
「潜り漁は、深夜。漁師が狙いを定めて突いた極上の1尾。喜界島に来た人に精一杯のおもてなしをしたい。島自慢の品々で心からおもてなしをしたい。島人の心意気が伝われば嬉しいな。さあ、店も閉店時間。一緒に港まで行かないかい?島の星空はプラネタリウム。夜明け前の一瞬が、一番綺麗に見えるんだ」
星空に吸い込まれていく島の一本道。珊瑚の島に、今日も朝日が昇る。波の音と鳥の鳴き声が目覚まし代わり。港には島外出荷を待つ特産品が並ぶ。国内外に届け、島の魅力。今日も島を流れる南風に乗せて。
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編集・制作=南海日日新聞社