会長コメント/スピーチ 会長スピーチ 2022経済展望とサステイナブルな資本主義の道筋 ~日本経済研究センターにおける十倉会長講演~

2021年12月23日(木)於:帝国ホテル東京 本館3階 富士の間(講演資料はこちら)

経団連会長の十倉でございます。

本日は、日本経済研究センター特別講演会で、お話させていただく機会を頂き、大変光栄に存じます。

私は、本年6月1日に、経団連会長に就任いたしました。中西さんから後事を託され、内外に課題が山積し、かつ、コロナ禍という非常に難しい状況の下、経団連会長という重責をお引き受けすることは、私にとりまして、非常に厳しい決断でした。

しかしながら、中西さんの無念を想うと、「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉がございますように、就任してから、この半年、中西さんの敷かれた、Society 5.0 for SDGs、サステイナブルな資本主義といった基本路線を継承・発展させるべく、スピード感もって、微力ながら全力で取り組んでまいりました。

本日は、「2022経済展望とサステイナブルな資本主義の道筋」と題しまして、お集りの皆様には「釈迦に説法」かと存じますが、わが国の経済展望と、それから、経団連のサステイナブルな資本主義などについて、ご紹介させていただきます。

(スライド3)

2021年の日本経済は、新型コロナの断続的な感染拡大と、それに伴う行動制限措置により停滞を余儀なくされています。しかも、残念ながら、先進国の中で、回復ペースは大変遅い状況です。

(スライド4)

企業業績は、全産業ベースでプラスですが、対面型サービス業は、足もとで回復しつつあるものの、マイナス圏で推移しています。このように、いわゆるK字回復の様相が長期化しているのが現状です。

(スライド5)

しかしながら、2021年10-12月期以降は、わが国経済は持ち直していく見込みです。2022年1-3月期には、コロナショック前(2019年4Q)の水準に戻る見通しです。ただし、新変異株の動向を注視する必要があります。2022年の世界経済は、需要動向の正常化、供給制約の緩和に伴い、回復が継続する見込みです。ただし、回復ペースは、2023年にかけて徐々に減速する可能性があります。

最近の民間エコノミスト予測によると、今年の実質GDP成長率は2.7%と予測されています。

(スライド6)

以上については、皆様も共通認識かと思います。この辺りも踏まえ、先日、経団連が公表した「事業リスク及び政策要望に関するアンケート調査結果」をご紹介します。

まずは、短期の事業上のリスクについて、業種問わず、多くの企業から、感染症の長期化があげられています。なお、製造業からは、サプライチェーンの問題、資源価格の問題があげられています。非製造業からは、人材不足があげられています。

(スライド7)

これを受けての政府への政策要望については、申し上げるまでもなく、「ワクチン接種」「治療薬」「人の往来」といった感染症への対応の要望が上位にきています。

(スライド8)

一方で、中期リスクについては、「従来型ビジネスモデルの陳腐化」、「必要な人材の不足」、「国内のデジタルトランスフォーメーション(DX)対応の遅れ」「国内のグリーントランスフォーメーション(GX)対応の遅れ」などについて指摘があります。製造業では、「サプライチェーンを巡る課題」の回答率が高くありました。

(スライド9)

中期の政策要望については、「DX推進への支援」「GX推進への支援」が上位にきています。また、製造業では「サプライチェーン多元化・強靭化への支援」や「国際経済秩序の維持・強化への対応」の回答率が高くありました。

以上を簡単にまとめると、短期では、コロナ対応に注力し、わが国の社会経済活動を正常化させ、DX、GXを柱に、成長戦略を実行し、また、サプライチェーンの問題といった、経済安保への対応を推し進めることで、わが国経済を成長軌道に乗せていくことが求められます。これらについても、皆様と認識のズレは大きくないと思います。

(スライド10)

イアン・ブレマー氏のユーラシアグループが年初に公表するトップリスクについて、2020年と2021年を比較したものです。

先ほども申し上げました、サプライチェーンのリスクに注目が集まるのも、米中の対立に代表される地政学リスクの高まりによるものです。

また、今年のトップリスクであげられた「46」。46に注が着くという意味で、つまり、第46代大統領のバイデン大統領は、米国の約半数から正統性を欠くとみなされているという問題を指摘したものです。

こうしたイアン・ブレマー氏の年初の指摘は、残念ながら現実のものとなりました。今年の初めに、米国の連邦議会の議事堂が、トランプの支持者の暴徒に襲撃されたのは、非常にショッキングな出来事でした。

バイデン大統領就任によって、民主主義に立ち返り、パリ協定への復帰など、国際協調への米国の回帰が見られ、国際秩序の安定という意味では、America is backで一安心と思われました。

しかしながら、直近のバイデン大統領の支持率は低迷し、その補佐役のカマラ・ハリス副大統領も不人気と聞いています。

こうした状況で、来年の中間選挙を乗り切らないといけません。一方で、共和党支持者におけるトランプ人気は根強いとも聞いています。国際情勢の安定には、米国の安定が求められますが、米国の国内リスクは、かような状況であり、国際情勢は、まだまだ混とんとした状況が続くことが懸念されます。先日、ブレマー氏と対談した際、氏は同様のことを言っておられました。従って、わが国としては、国際協調の重要性を、どれだけ強調しても、強調し過ぎることはありません。

(スライド11)

また、米中対立について、サプライチェーンを米国向け、中国向けで分ける、いわゆるデカップリングを求めることは、現実的でありません。これは、日、米、中、EUの相互の輸出入額を図にしたものであり、相互に連携していることが良く分かります。

こうした状況下では、世界は中国なしでは生きられませんし、中国も世界なしでは生きられません。従って、対中関係の要諦は「競争と協調」(competition with co-operation)と思います。

中国と向き合うためにも、わが国は、自由、民主主義、人権、法の支配といった価値観を共有する国・地域、いわゆるlike-minded countries(同志国) との連携を一層強化し、国際協調を重視していかなければなりません。

こうした経済情勢や、国際情勢を踏まえながら、今後の経済、社会の方向性として、わが国は、どのような考え、理念をもつべきなのか。その考え方の一つとして、経団連が掲げる「サステイナブルな資本主義」をご紹介したいと思います。

(スライド13)

改めて、資本主義について、私なりに整理してみました。

起点となる考えは、メインストリームの新古典派経済学です。市民革命以後の個人の基本的自由・権利を擁護し、個人が、自由な経済活動を通じて利潤を追求、最終的には、効率的な資源配分が実現するという考えです。

しかし、世界恐慌が起こり、市場の不均衡、大量の失業者が生まれ、「第一の危機」が発生しました。ここで、ケインズ経済学が出現します。政府が需要をコントロールし、不均衡を是正するというものです。さらに、新古典派総合という考えがでてきました。短期的にはケインズ経済学を、長期的には新古典派を活用するというものです。

しかし、東西冷戦、ベトナム戦争、アメリカ経済の停滞への危機感等により、「第二の危機」が叫ばれました。今度は、反ケインズの空気が生まれ、ミルトン・フリードマン率いる新自由主義(シカゴ学派)が台頭により、自由放任主義や市場原理主義(新古典派経済学の先鋭化)が広まりました。それを採り入れた経済政策がレーガノミクス、サッチャリズムです。世界的な経済学者である宇沢弘文先生は、これを「歴史の捻転」と、上手い表現を使用されました。その後、ベルリンの壁、そしてソ連が崩壊した後、フランシス・フクヤマが、歴史の終わりと言い、資本主義の勝利を宣言しました。徹底した新自由主義は、格差の拡大や生態系の崩壊を招きました。格差拡大は、各層において分断・対立を起こし、ポピュリズムあるいは保護主義、一国主義を生じました。また、貿易・通商対立、先端技術対立、デモクラシー対オートクラシーというイデオロギー対立をもたらしました。

(スライド14)

こうした、世界的な行き過ぎた資本主義、市場原理主義の潮流によりもたらされた弊害は、大きく二つあります。一つは、格差の拡大、固定化、再生産。いま一つは、生態系の崩壊や気候変動問題、新型コロナのような新興感染症といったものです。自由で活発な競争環境、効率的な資源配分、イノベーションの創出等、資本主義/市場経済は、わが国の、社会経済活動の大前提です。しかしながら、こうした課題を踏まえて、われわれは、これまでの資本主義の路線を見直す時期に来ていると考えます。こうした中で、SDGs、ESG投資など、サステナビリティを重視する考えが、世界中で認識されています。また、米国の経済団体BRTは、シェアホルダーズバリューから、ステークホルダーズバリューを重視する姿勢を表明しました。WEFも、ステークホルダーキャピタリズムすなわち行き過ぎた株主資本主義の是正は、世界経済の潮流と指摘しています。そこで、経団連は、2020年に「サステイナブルな資本主義」を掲げました。

(スライド15)

①格差の拡大、固定化、再生産、②気候変動問題、新型コロナのような新興感染症といった生態系の崩壊-について、それぞれ、データを見ながらみていきたいと思います。

まず、格差の拡大・固定化・再生産について、アメリカにおける格差の拡大のグラフWorld Inequality Databaseというオープンデータから作成したものです。このデータベースは、「21世紀の資本」のピケティ教授など世界中の研究者が参加し作成しました。オレンジの線は、アメリカのトップ1%の人の資産シェア、青い線は、トップ1%の人の所得シェアを示しています。明らかに、1980年以降、格差は拡大しています。現在、アメリカのトップ1%の人が、所得シェアの20%を占め、また、資産シェアでは35%を占めています。世代をまたいで格差が再生産されていることが明らかです。

(スライド16)

 会長コメント/スピーチ 会長スピーチ 2022経済展望とサステイナブルな資本主義の道筋 ~日本経済研究センターにおける十倉会長講演~

次に生態系の崩壊についてです。20世紀以降、1920年代に20億人を超え、現在は70億人を超え、世界の人口は爆発的に増加しています。当然、この期間、人類の経済活動とともに、地球温暖化などの「外部不経済」が発生し、生態系の崩壊が起きて、世界がSustainabilityの危機に直面しています。世界の人口は、国連によれば、2100年頃、ほぼ110億人でピークを迎えています。これは開発国が豊かになり、子供の出生率が下がるからです。

こうした現実を前にすれば、ただちに、本気で、カーボンニュートラルに取り込むことは必定です。最近の流行語で「人新生」(Anthropocene)という言葉もあります。また、ある人は、地球を生命体に例えれば、人類の異常な拡張こそがウイルスであり、Covid-19は免疫だと言います。

(スライド17)

大気中のCO2濃度から見ても、産業革命前の280ppm程度から400ppm超のレベルにまで上昇しています。もはや “point of no return”後戻りできない状況です。更に進んで450ppmを超えると、今度は“tipping point”(臨界点)を超え、不可逆反応が起こり、温暖化が急速に進みます。私が経団連会長に就任してから、GXは、最重要課題の一つです。

(スライド18)

以上を踏まえて、改めて資本主義を再考してみたいと思います。ヒントになるのが、宇沢弘文先生の「社会的共通資本」の概念です。これは、市場原理だけでは扱えない社会的共通資本、例えば、自然環境や、社会インフラ、教育、医療といった制度資本を指しています。宇沢先生が、50年前すなわち新自由主義的思想の台頭時から危機感を持たれていたことに敬意を払わざるを得ません。

もう一点、公正な配分とは何か、正義とは何かということについて、ジョン・ロールズ氏の「正義論」を振り返りたいと思います。宇沢先生は、新自由主義を批判しました。ミルトン・フリードマン氏は、「人は一様に経済合理性を追求するホモエコノミクスである」と言いました。しかし、人を一様に見ては、多様な人々に公正な配分は不可能だと宇沢先生は反対されました。間違った前提から出発した経済学に人類の幸福を追求させるわけにはいかないと言われました。重要なのは、「from the Social Point of View」という市場経済の中に社会の視点を入れるということ。公共財は、市場原理に丸投げすのではなく、市場経済の仕組みを使ってコントロールするということ。

他方、ロールズ氏の第一原理では、他人の自由を侵害しない限りにおいて個人の自由を認めています。第二原理では、結果平等をどう考えるのかということについて、経済活動を行う機会の均等を認め、格差が生じても是認する。しかし、格差が生じても、最も恵まれない人の経済状況が改善されなければならないというものです。SDGsのinclusionに通じるものです。ベンサムの功利主義すなわち、最大多数の最大幸福、人々の幸福は一様、加減算できることへの懐疑から出発しました。二人とも、現実にある格差や生態系の崩壊に目を向けるとともに、個人の自由な経済活動を認めつつ、そこで発生する不平等をどこまで許容できるかを考えました。こうした先人の知恵をよりブラッシュアップさせる必要があります。「社会性」「人の営み」「生きる意味」などを包含した資本主義/市場経済、すなわちsocial point of viewを採り入れた資本主義の確立が求められることから、経団連は、サステイナブルな資本主義を掲げました。企業は、地球市民、社会の構成員であり、イノベーションを通じて社会課題の解決を図っていく必要があります。SustainableでAll inclusive な社会、すなわちSociety 5.0を実現しなければなりません。

(スライド19)

今年は、岸田内閣が誕生し、「新しい資本主義」を掲げました。この「新しい資本主義」は、経団連の「サステイナブルな資本主義」と軌を一にしており、非常に時宜を得たものです。

(スライド20)

岸田内閣では、「新しい資本主義実現会議」を創設しました。政府は、「成長と分配の好循環」「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした、「新しい資本主義」を掲げており、私も会議に参加しています。

(スライド21)

私が、第一回目(10/26)の会議で使ったスライドです。この「新しい資本主義」に対する問題意識として、まずは、その基本的な考え方を固め、今後の岸田内閣の政策のベースとなる軸を明確にすることが肝要と申し上げました。

そのうえで、ポイントを3点、申し上げました。1点目は、当り前のことですが、われわれの経済活動は資本主義、市場経済が前提であり、低成長が続くわが国において、まずは成長が重要になるということです。分配の原資となる経済のパイを拡大しなければ、分配政策も限界があります。ただし、シェアホルダーからマルチステークホルダー重視の時代の流れの中にあっては、成長と分配はセットで議論すべきものです。

2点目は、成長に向けて取り組むべき課題は、先ほどもご紹介したが、自然環境、医療、教育などの制度資本といった、いわゆる「社会的共通資本」の構築です。具体的には、コロナで問題となった、わが国の危機管理能力の向上です。また、2050年カーボンニュートラルに向けて、GXの推進や、デジタル化の遅れに対してのDXの推進です。これは、オールインクルーシブな社会の実現や、地域の振興にも有効なツールです。いずれも、わが国の喫緊の重要課題です。さらに言えば、こうしたGX、DXの推進は、国内での投資を誘発し、まさにわが国の経済成長に直結するものです。

3点目は、先ほども申し上げたように、こうした社会インフラの整備は市場経済だけでは解決できない問題であり、政府の役割が極めて重要になるということです。グリーン分野に対する欧米の大規模な財政出動や、わが国のデジタル化の遅れなどを見れば、GX、DXの推進に向けて政府による産業政策の重要性が増しているのは明らかです。

また、GX、DXの推進には、科学の力も重要です。すなわち、それは、我が国の基礎研究力の強化が必要で、それを支える理数系教育の充実が特に重要であると考えます。

このように、新しい資本主義の実現に向けて「成長が重要」「社会的共通資本の構築」「政府の役割が重要」の3点を軸に議論が進むことを期待すると申し上げました。ただし、こうした「新しい資本主義」の検討が進む中で、「GX」が検討項目として抜け落ちているのではないかということを非常に懸念しており、第二回(11/8)の会議でも申し上げました。

(スライド22)

これは、今年の9月に公表された、米国のピューリサーチセンターによる世界17か国における意識調査の一部です。「地球規模の気候変動の影響を軽減するために、生活や仕事のやり方をどのくらい変えたいか?」という質問への回答です。このグラフを見ると、非常に残念なことですが、気候変動問題に対する行動変容について、欧米等と比べて、日本の意識は高くありません。一方で、GXは、わが国経済の成長の柱であるとともに、トランスフォーメーションの言葉が示すように、社会変容であり、産業や国民に大きな変化を迫るものです。われわれは、官民一体となって、GXを推進し、日本における、意識の遅れを取り戻す必要があると認識しており、「新しい資本主義」の重要なテーマの一つとして政府全体での議論を期待しているところです。

(スライド24)

これは、各国のNDC(Nationally Determined Contribution)を比較した表です。わが国においても、2050年は遠いようで、すぐの話です。何よりも、2030年46%GHG削減目標は、極めて高いハードルです。日本のカーボンニュートラル達成に向け、考慮すべき3つのポイントをご説明します。

1点目は、日本の地理的制約、ハンディを考えなければならないということです。例えば、日本は、Isolateされた島国であり、欧州のような大陸と異なってグリッド網がありません。また、山国で平地が少ないです。2点目は、技術革新です。カーボンニュートラルに向けて、現存しない技術の創出が不可欠です。しかし、新しい技術を生むには、要素技術開発に10年、プラント実証に2~3年、社会実装に3~4年、プラント建設・チューニングに1~2年、合計すると約20年かかります。2050年カーボンニュートラルを実現することから逆算すると、今すぐにイノベーションに取り組まなければなりません。他方、2030年の目標達成には寄与することがほとんど期待できません。

3点目は、トランジションです。2050年カーボンニュートラルに、一足飛びに行くわけではなく、そのトランジッションの過程、ロードマップの策定が求められます。いずれも、一筋縄ではいかない点ばかりです。

(スライド25)

カーボンニュートラルを実現するには、いかに化石燃料を使わないようにするかです。大きく6つの方向性があると考えます。

一つ目は、できる限り、再生可能エネルギー、原子力等の化石燃料を使わないゼロエミッション電源を確保することです。化石燃料の約4割は電力に使われています。二つ目は、このゼロエミッション電源を用いて、今まで熱源を利用してきたものをできる限り電化することです。三つ目は、それでも残ってしまう熱源について、カーボンフリーの水素、アンモニアを導入していくことです。ただし、地球上から炭素を無くすことはできません。人の体は、アミノ酸やたんぱく質など炭素から構成されています。薬もアミノ酸すなわち炭素から作られています。有機物は須らく炭素から出来ており、地球上から炭素を無くすことは不可能です。従って、四つ目として、材料で使われる炭素をリサイクルすることが肝要です。カーボンリサイクル、ケミカルリサイクルを推進させる必要があります。そして、五つ目に、エネルギー多消費型の産業においてプロセスイノベーションを実現することが求められます。例えば、鉄鋼業におけるゼロカーボンスチールです。そのためには、六つ目に、エネルギーインフラとして、再エネのグリッド網や、蓄電機能の確保など、次世代電力システムを確立していくことです。

(スライド26)

6月の経団連会長の就任挨拶で、かねて経団連が進めてきた「低炭素社会実行計画」を新たに「カーボンニュートラル行動計画」として策定することを表明しました。11月8日に、2050年カーボンニュートラルに向けた経団連のアクションプランとして、「カーボンニュートラル行動計画」を取りまとめました。内容は、2050年カーボンニュートラルに向けたビジョンの策定と、排出抑制、主体間連携、国際貢献、革新的技術開発の4つの柱で構成されています。今回の計画のポイントは、政府が、2050年カーボンニュートラルを宣言してから、わが国のすべての業種が、これを目指すプレッジを得ることができたという点です。今回は、このことに意義があります。

(スライド27)

しかしながら、カーボンニュートラル行動計画は、各業界の自主的取り組みです。エネルギーのゼロエミッション化も進んでいない現状では、先を見越した、カーボンニュートラルの実現に向けた議論には限界があります。従って、政府に対して、政策支援をお願いしなければなりません。例えば、GXの推進には、もちろん、再エネ導入、再稼働・リプレース、SMRの開発等の原子力の問題、将来的な核融合の開発といったエネルギー政策の議論が必要です。あるいは、GXによりわが国の産業構造が変化すれば、労働移動の円滑化を促すリスキリングなど、労働に関する議論も求められます。

カーボンプライシングについては、成長に資することを前提に、クレジット取引、キャップ&トレード、炭素税なども含めて間口を広くとって、社会変容を促し、産業政策にもなり得る最適なポリシーミックスを考える必要があります。欧州は、炭素国境調整措置のように、したたかに経済外交戦略を展開しています。水素・アンモニアの海外からの調達には経済安保の観点が欠かせません。つまり、外交・安全保障の議論も必要です。さらには、欧米のグリーン分野の投資、すなわち、グリーンディールは、複数年に渡る大規模な財政措置を中長期の産業政策として、戦略的に行われています。この点は、わが国の予算単年度主義を見直し、複数年にわたる予算を検討する契機とすべきではないかと考えます。

最後に、サステナブルファイナンスですが、カーボンニュートラル実現に向けた研究開発・社会実装を支える官民のファイナンスの視点も重要です。

(スライド28)

以上のような多様な視点の中から、特に、エネルギー政策と、カーボンプライシングの2点について、もう少しお話させていただきます。

一点目は、エネルギー政策について。今年の10月に閣議決定された第六次エネルギー基本計画では、電源構成について、2019年度で18%の再生エネ割合を2030年度に36~38%に、6%の原子力を2030年度に20~22%とする、非常に野心的な目標を掲げています。

(スライド29)

こうした目標達成に向けては、先ほども申し上げましたように、日本の地理的特性を踏まえなければなりません。しかも、この表にあるように、平地面積当たりの太陽光発電設備の容量は、既に日本は主要国の中で最大です。今後の開発には、昨今の国内の大規模自然災害の問題も踏まえながら、平地の少ない島国という地理的ハンディを背負った日本で、どう再エネを拡大していくか議論していかなければなりません。

今後、自然資本、生態系の保全への議論が国際的に高まれば、ますます開発に制約がかかる可能性があります。さらに、再エネの太陽光や風力は変動性電源であり、天候に左右されます。晴耕雨読というわけにもいかず、当然ながら、柔軟に需給調整するための火力発電といった電源(負荷追従電源)と組み合わせなければなりません。

申し上げるまでもなく、目標を掲げたら、それでお終いではなく、考えなければいけない論点は多数存在します。

(スライド30)

さらに、ゼロエミッションのベースロード電源として、原子力発電所をどうしていくのか。こちらの図のように、再稼働した原発は10基にとどまります。

(スライド31)

この図のように、60年稼働を前提としても、今のままだと、原発は2050年23基、2060年8基のみ稼働します。2050年カーボンニュートラル実現に向けて、安全性が確認された原発の再稼働は避けられません。また、エネルギーコストの増加を抑えるという点でも、既に投資した原発を活用することが求められます。さらには、将来を見据えて、小型モデュール炉(SMR)の開発などにも取り組まなければなりません。

韓国でもSMR開発を推進していると聞いています。韓国も日本と似たエネルギーミックスです。2025年に稼働予定の研究所は、約310億円の建設費用で、SMRの開発や廃棄物の貯蔵、原発解体技術の研究も行うそうです。原発の再稼働も、新しい技術開発も、急にできるわけではありません。何もしないでいれば、わが国の技術も人材も失われてしまう危機感があります。

(スライド32)

個人的には、さらにその先を見据えて、核融合の開発も進めていく必要があると考えます。核融合は、重水素と三重水素の原子核を融合させた際に発生するエネルギーを活用する技術です。核融合というより、水素融合(Hydrogen Fusion)と言えます。重水素は海中に豊富に存在し、資源の枯渇の恐れがなく、核分裂と違い、連鎖反応ではないため、安全性が高いです。しかも、高レベルの放射性廃棄物は発生しません。端的に言えば、地上に太陽をつくるという話です。

しかも、核融合実験炉ITERをはじめ、国際プロジェクトが進捗しています。特にITERの先端機器には、日本企業が大きく貢献しています。官民一体で、核融合の開発が加速されることを心から期待します。

(スライド33)

カーボンプライシングは、炭素の排出に価格を付けるもので、カーボンプライシング=炭素税ではありません。炭素税の他にも、排出権取引(キャップ&トレード)、クレジット取引、法規制や企業が独自に自社のCO2排出に価格付けを行うインターナル・カーボンプライシングなどがあります。例えば、EUでは、炭素税以外にも、EU-ETSといった排出権取引を導入しており、制度導入から15年以上が経過し、紆余曲折を経た歴史があり、現在に至っています。

日本は、こうした先行事例も参考にしながら、わが国のカーボンプライシングについて、成長に資することを前提に、クレジット取引、キャップ&トレード、炭素税なども含めて間口を広くとって、社会変容を促し、産業政策にもなり得る最適なポリシーミックスを考えていく必要があります。

(スライド34)

GXは、このように数多くの非常に重要な論点を含んでいます。従って、繰り返しになりますが、「新しい資本主義」の重要なテーマの一つとして政府全体で議論していくべきものと考えています。同時に、経団連としても、こうした多様な論点を踏まえて、GX実現に向けた提言を行うべく、検討中です。来年春を目途に、報告書を取りまとめたいと思っています。

最後に、私の好きな言葉をご紹介して、本日の講演を終わらせていただきます。

(スライド35)

経済は、中国語の「経世済民(世を経(おさ)め、民を済(すく)う)」から発した言葉です。人々の幸福の役に立たないといけません。ケインズのハロッズへの手紙には、「経済学は自然科学ではない、道徳科学・モラルサイエンスである。これを行うには内省と価値判断を伴う」と書かれています。ハンガリーの人類歴史学者であるカールポランニーは、「市場が社会から離れたとき、全ては市場の要求に隷属する」と言いました。

つまり、経済を考えるには「社会性」「公正さ」「正義」といった視点が肝要です。私は、経団連会長就任時に、会員企業の皆様に、social point of viewを大切にしてほしいと申し上げました。「サステイナブルな資本主義」の確立に向けて、こうした考えを尊重してまいります。

(スライド36)

この写真は、経団連会長室に飾っている、書家の紫舟さんに書いていただいた「義」の文字です。私の好きな言葉「義」です。「大義」「正義」「信義」。自分自身の行動を振り返るに、そこに「義」はあるか、「公」のためになっているか、常に考えながら行動しています。私自身の考えの根底にあるものです。先ほど申し上げました、GXは成長の柱であるとともに、社会変容であり、産業や国民に大きな変化を迫るものです。その影響は産業ごとに跛行性があり、国民生活に大きな影響を及ぼします。GXを推進するには、科学的、論理的、定量的に、わが国の置かれている状況について、不都合なことも含めて、国民に正しく理解してもらう必要があります。経団連は、「公」のため、「社会」のため、「国民」のために、言うべきことは主張してまいります。しっかりとした情報発信、政策提言を行い、活発な議論を喚起していきます。

ご清聴ありがとうございました。

以上

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