アングル:メルセデスもイケアも参入、「組み込み型金融」が銀行浸食
ロイター編集
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[ロンドン 17日 ロイター] - 昨今は誰でも銀行業を営める。必要なのは優秀なソフトウエアだけだ。
高級車ブランドのメルセデス・ベンツから家具販売のイケア、電子商取引のアマゾン・ドット・コムに至るまで、幅広いグローバル企業が今、新興のIT(情報技術)企業が提供するソフトウエアを取り入れて金融業に参入している。銀行などの既存金融機関は警戒を怠れない。
事業会社がソフトを組み込んで顧客に金融サービスを提供することは「エンベデッド・ファイナンス(組み込み型金融)」と呼ばれる。アマゾンの顧客は買い物の際に後払い決済サービス(バイ・ナウ・ペイ・レイター、BNPL)を利用し、ベンツのオーナーは車載決済機能で燃料代を支払える。
実はこうした取引のほとんどは、いまだに背後に銀行が関わっている。しかし市場関係者は、銀行が金融業の最前線からさらに後退するリスクがあると警鐘を鳴らす。
前線から後退すれば、他の企業が収集する、顧客の嗜好や行動に関する膨大なデータの山からも遠ざかる。
ベイン・キャピタル・ベンチャーズのパートナー、マット・ハリス氏は「組み込み型金融サービスは、抱き合わせ販売の概念をさらに高い次元に引き上げるものだ。ソフトウエアをベースにした、データを巡る消費者・企業間の深く継続的な関係性が基盤にある」と指摘。「だからこそ、この革命は非常に重要だ」と話す。
さらにハリス氏は、「つまり、良いリスク(信用力の高い与信)がすべて、顧客を熟知する組み込み型金融に向かい、銀行や保険会社には残りかすしか回らなくなる」という。
<決断迫られる金融機関>
今のところ組み込み型金融の多くの分野は、銀行の支配を辛うじて切り崩そうとしている程度だ。一部の新興企業は融資など規制対象のサービスで事業免許を取得したが、規模や資金量は最大手行に届かない。
しかし、金融とITを融合したフィンテック企業は銀行からデジタル決済事業の一部を奪うことに成功し、その過程で評価額も高まった。この成功を与信でも再現できれば、金融機関は対応を迫られるかもしれないと、アナリストは見ている。
アルファベット傘の下グーグルや、アマゾンなどを顧客に抱える電子決済サービスのストライプは、3月に資金調達を行った際に時価総額が950億ドルに達した。
アクセンチュアのディレクター、アラン・マックリンタイア氏によると、同社の2019年の試算では、新規参入組は決済サービス市場で全世界の収入の8%を占めた。しかも新型コロナウイルスの世界的流行によるデジタル決済サービスの拡大で、シェアはこの1年間で一段と拡大している。
今は焦点が融資業務に移っており、企業側が選んで組み込めるような多様な商品を備えた、完全既製型デジタル融資サービス業者にも注目が集まっている。
ベンチャーキャピタル、アクセルのルカ・ボッキオ氏は「消費者中心型企業の大多数は、顧客体験を大幅に改善できる金融商品を出せるようになるだろう。だからこの分野にこれほどの興奮を覚える」と語った。
ロイターが入手したピッチブックのデータによると、組み込み型金融を提供する新興企業への投資額は年初来で42億5000万ドルと、昨年全体の約3倍に上る。
例えば、スウェーデンのBNPL企業、クラーナは19億ドルを調達。小口株式取引サービスの技術を企業に売るドライブウェルスは4億5900万ドルを集めた。また、ドイツのデジタルバンクの事業免許を取得し、銀行サービス用ソフトウエアを提供するソラリスバンクは2億2900万ドルを調達した。
BNPLのアファームは先月、アマゾンとの提携を発表すると株価が急騰。BNPLのスクエアは先月、オーストラリアの同業アフターペイを290億ドルで買収すると発表した。今やスクエアの時価総額は1130億ドルと、欧州の銀行で時価総額が最大のHSBC(1050億ドル)を超えている。
エンベデッド・ファイナンス・アンド・スーパー・アップ・ストラテジーズの創業者、サイモン・トランス氏は「大手の銀行や保険会社は、この市場で素早く動き、勝負どころで結果を出さないと敗北する」と悲観的だ。
<企業も標的>
今年は小売業者の金融サービス業参入が相次いだ。ウォルマートは1月、投資会社リビット・キャピタルと組んでフィンテック企業を立ち上げ、イケアは先月、BNPL企業の少数株式を取得した。
自動車メーカーでは、フォルクスワーゲン(VW)なども車に決済技術を組み込むことを試験的に進めている。
組み込み型金融は一般消費者ばかりか、企業もターゲットにしている。決済サービスを手掛けるカナダのショッピファイは業者向けにソフトウエアを提供し、プラットフォーム上の7000万件余りのデータ分析に基づいてキャッシングサービスも行っている。
<コネクテッドの未来到来か>
ただ、ショッピファイの融資事業の規模はまだ大手行には遠く及ばない。同社の融資実績は累積23億ドル相当。一方、JPモルガン・チェースの6月末時点の融資残高は4350億ドル相当だ。
他のセクターの企業が金融分野に進出する場合、規制当局によって制限を受ける可能性もある。
一方、既に反撃に出ている金融機関もある。シティグループは銀行口座業務でグーグルと提携、ゴールドマン・サックスはクレジットカード事業でアップルと組んだ。JPモルガンはVWの決済事業の75%を取得し、他のセクターにも手を広げる計画だ。
JPモルガンのホールセール・ペイメント部門の責任者、シャローク・モイニハン氏は「将来的には異なるシステム間のコネクティビティ(接続のしやすさ)が重要になる」と指摘し、「われわれが先頭に立つつもりだ」と胸を張った。
(Anna Irrera記者、Iain Withers記者)
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