「最大、最長寿」に加え「泳ぐのが世界一遅い」のもあの仲間だった!
「海の中を高速で泳ぎ回る獰猛なハンター」──サメについて、そんなイメージをもっている人が多いのではないだろうか?
実際、サメのなかには泳ぎが非常に速い種類がいるし、スポーツの世界では、水の抵抗が少ないサメの皮膚をヒントに競泳用の「サメ肌水着」が開発されて話題になったこともある。
ところが、近年の研究によると、「世界で最も泳ぐのが遅い魚」という世界記録の保持者もまた、サメの仲間なのだという。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究チームは、日本の深海でその「のろまなサメ」の姿をとらえ、遊泳速度を測定することに成功した。
全長18m超!
じつは、サメの仲間はさまざまな種類の「世界記録」をもっている。
最も有名なのは、「世界最大の魚」であるジンベエザメ(Rhincodon typus)だろう。成長すると全長13m、特に大きな個体は全長18mを超す。街中でよく見かける大型の路線バス(全長10~11m台)を優に上回る大きさだ。生まれたばかりの赤ちゃんでさえ、すでに全長が60cm前後あるという。
巨大なジンベエザメの姿は、多くの人々を惹きつける(沖縄美ら海水族館で、山本智之撮影)圧倒的なサイズを誇る「巨大ザメ」だが、性格はとてもおとなしく、歯は米粒のように小さい。人に危害を加えないので、ダイバーも安心して海中で一緒に泳ぐことができる。
ジンベエザメのエサは、海中を漂う動物プランクトンや小魚、魚の卵などだ。エサとなる生物の一つ一つは小さいが、それらを大量に濾過(ろか)して食べることで、その巨体を維持している。
食事のスタイルは豪快で、大きな口を開き、エサとなる生物を大量の海水ごとガバガバっと一気に呑み込んでしまう。
392歳!「世界一長寿の魚」は?
サメは、世界の海に500種以上が生息しているが、そのなかには「世界で最も長寿の魚」という記録をもつ者もいる。水深2992mまでの深さに生息する深海性のサメで、北極海や北大西洋に分布するニシオンデンザメ(Somniosus microcephalus)だ。
ニシオンデンザメ(NOAA Okeanos Explorer Program, Public domain, Wikimedia Commons)英名は「Greenland shark」。肉食性で、魚やイカのほか、アザラシも襲って食べる。
コペンハーゲン大学などの研究チームは、グリーンランド沿岸で捕獲された28個体のニシオンデンザメについて年齢を分析し、その結果を2016年に米科学誌「サイエンス」に発表した。
魚の年齢を調べる際には、頭部にある「耳石(じせき)」の年輪を数える方法がよく使われる。しかし、軟骨魚類であるサメには耳石がない。そこで研究チームは、目の水晶体に含まれるたんぱく質を材料に、炭素の放射性同位体を使って年齢を推定した。
その結果、最高齢のニシオンデンザメ(性別はメス)は392歳であることが判明したのだ。これは、魚としてだけでなく、脊椎動物全体でみても最長寿の記録である。この「最高齢のおばあちゃんザメ」は、日本の歴史でいえば江戸時代の前期くらいから、冷たい北の海でずっと暮らしてきたことになる。
『ギネス世界記録2022』によれば、史上最高齢の人物は、フランス人女性のジャンヌ・ルイーズ・カルマンさんで、1997年に122歳と164日で亡くなっている。つまり、ニシオンデンザメは、私たちヒトの"最長寿者"と比べても、その3倍以上も長生きなのだ。
大人になるのに150年かかる魚
ただし、長寿の魚であるニシオンデンザメは、絶滅の危機に瀕した生物でもある。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは、「危急(VU)」にランク付けされている。
ニシオンデンザメは全長5~6m、体重1トンにもなる巨大ザメだが、その成長は非常にゆっくりだ。メスが性成熟するまでには、なんと150年もかかる。
このため、漁業による混獲や乱獲、生息環境の悪化などで、いったん個体数が減ってしまうと、なかなか回復しにくいタイプの魚だといえるだろう。