《前会長激白》日本医師会はなぜ嫌われるのか〈病床確保、ワクチン接種……コロナ対策の最前線に立つべきだ〉/横倉義武――文藝春秋特選記事【全文公開】
日本医師会会長を4期8年つとめた横倉義武氏 (c)共同通信社
「文藝春秋」8月号の特選記事を公開します。文/横倉義武(日本医師会名誉会長)◆ ◆ ◆ コロナという「国難」がつづくなか、日本医師会が国民から信頼を失いつつあります。昨年6月まで8年余りにわたり会長を務めた私にとって非常に残念なことですし、責任の一端もあると感じています。 現在、私は地元・福岡県みやま市にある医療法人の理事長を務めていますが、耳に届くのは日本医師会に対する不満ばかりです。大学病院の医師からは「いまの医師会はちょっと……」との声をよく聞きます。 なぜ日本医師会はここまで嫌われてしまったのでしょうか。 17万人の医師が加入する日本医師会の活動目的は、大きく分けて4つあります。国民医療体制の確立、安全な医療の提供、保健活動を通じた国民への働きかけ、そして医療機関の経営安定です。 コロナ下の非常事態において、一つ目の「医療体制」に不安や懸念を抱いた国民も多いと思います。そこにはウイルスへの恐怖から生じた医療業界に対する誤解もあります。 また「国民への働きかけ」で、日本医師会に不快感や怒りを抱いた人も多いはずです。 とりわけこの1年、日本医師会の中川俊男会長は外出自粛の必要性を政府や国民に向けて強く訴えてきました。しかしコロナ感染は唾液など口腔からの分泌物などにより伝染するので、感染予防には飲食の際に気をつけるなど、予防の方法をわかりやすく説明すべきでした。 また今年4月、中川会長は「まん延防止等重点措置」が発出されるなか、自民党参院議員が開いた100人規模の政治資金パーティに参加したことが発覚し、「ダブルスタンダードだ」「国民に自粛を要請しておきながら何だ」と批判が巻き起こりました。あれだけ強く自粛を国民に求めていたら強い反発がでるのも当然です。 実は、中川氏の記者会見における発言を、かねてから心配していました。「会長の言動は大きな影響力がある。注意してほしい」 昨年末にはこんなメールを中川会長に送り、注意喚起を促していただけに残念でなりません。 かねてより日本医師会は医療現場の声を政治に届けるパイプ役を担ってきましたが、それも上手くいっているとは言い難いでしょう。 たとえばワクチンの打ち手の問題で日本医師会は自らの主張に強くこだわりました。 今年5月末、ワクチン接種が本格化すると、打ち手不足が懸念され、政府は歯科医師の活用を検討します。福岡など地方の医師会も日本医師会に対し、歯科医師の協力をもとめるべきだと提言しました。 ところが、日本医師会の執行部は難色を示した。たしかに現行法では歯科治療の範囲内のみ歯科医師の注射は認められています。しかし歯科医師には打つだけの知識と技術があるわけだから、打ち手が足りないとなれば迷わず協力をもとめるべきです。これでは日本医師会が自分たちの利権を守っていると国民に思われてしまうでしょう。 地域の医師会員はじめ医療従事者は頑張っているのに、日本医師会には「非常事態」との認識が足りない言動が散見された。「もっと努力するべきではないか」。この1年間、私がそう感じる場面は少なくありません。「日本も危ない」と感じた理由 コロナの流行当初から第1波の終息まで、私は日本医師会会長として舵取りを担いました。 一昨年末、中国・武漢でコロナ患者が急増すると、すぐさま北京の日中友好病院に連絡をとり、症状、治療法などの情報を集めていました。世界医師会会長だったときに訪れて以来、私は、この病院と交流を深めていた。そこから得た情報を日本医師会のホームページに随時アップし、全国の医師会に注意喚起を行っていました。「日本も危ない」 そう感じたのは、年が明けた昨年1月下旬、医師会病院の記念行事で大分を訪れた時のことです。大分は別府温泉を訪れる中国人観光客で溢れ返っていました。おそらく全国の観光地も同じ状況だろう。この状況では日本で感染爆発が起きるのも時間の問題だと確信しました。 第1波で苦労したのがマスクや感染防護服を十分用意できなかったことです。また2月には風邪症状の患者を診察した北海道の医師がコロナに感染し、感染症法に基づき、医療機関には保健所から2週間の診察停止の処分が下りました。この一件で民間の医療機関では「発熱患者は診られない」と敬遠するケースが増えてしまいました。 またその後も、マスクや防護服は感染症の指定病院や国公立病院に重点的に配布され、民間にはなかなか回ってこず、患者さんを診たくても診察できない状況が続きました。
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最終更新:文春オンライン