Engadget Logo エンガジェット日本版 「BONX」「ambie」の代表が語る、日本のハードウェアスタートアップの可能性

独自のスマホアプリとBluetoothイヤホンを組み合わせることで、距離無制限のグループ通話を楽しめる「BONX(ボンクス)」と、耳をふさがずに音楽を楽しめる新感覚のイヤホン「ambie(アンビー)」の最新モデルが登場した。

BONXは0から立ち上げた企業で、ambieはソニーからスピンオフした企業という違いはあるものの、どちらもハードウエアスタートアップで、しかも「耳をふさがずに音楽やコミュニケーションを楽しめる」という点が共通している。そこでBONX創業者でCEOを務める宮坂貴大氏、ambie代表取締役の三原良太氏に、開発の経緯やものづくりの現状などについて語っていただいた。

■スノーボーダー向けから仕事現場のコミュニケーション用に飛躍した「BONX」

BONXの開発経緯について、宮坂氏は「スノーボードが好きで、スノーボードをしながら仲間とコミュニケーションをしたいという私自身のニーズからスタートしました」と語る。

「1人1台スマホを持っていて、雪山のほとんどに4Gが入っている状況なのに、滑走中にスマホを使えないためコミュニケーションができない。その代わりに何を使うかといったら、昔ながらのトランシーバーです。なら、そんな場所でもコミュニケーションができる新しい製品を作れば、雪山以外にも広がるのではないかと思ったのです」(宮坂氏)

世の中を見てみると、建築現場などの屋外だけでなく、家電量販店やブティック、ホテルなど、未だにトランシーバーはさまざまな仕事の現場で使われている。

「雪山は手が使えない、電波が不安定、風の音がうるさいなどコンディションが厳しいので、そういうタフな環境でも使えるものを作れば、どこでも使えるようになると考えました」(宮坂氏)

こうしてできあがったのが、初代モデルの「BONX Grip」だ。元々スマホとBluetoothイヤホンを使って多対多のコミュニケーションを実現するソフトウエアを開発していた。しかしグローブをはめた状況でも使えるようにしたり、ボタンに好きな機能を割り当てたりするには、ファームウエアのアップデートなどが必要になる。そのため「ソフトウエアとハードウエアの両方を開発することになりました」(宮坂氏)という。

2016年12月には「BONX Grip」を発売、2021年3月にはより小型化して装着しやすいカジュアルモデルの「BONX mini」も発売した。

さらに現在、CCCが提供するクラウドファンディングサービス「GREEN FUNDING」で最新モデル「BONX BOOST」の支援募集も行っている。

GREEN FUNDINGの「BONX BOOST」ページでは30%OFFの20800円になる早割などを展開していて、プロジェクト期間は9月5日まで。8月13日時点での支援総額は16,363,300円。

「BONX BOOST」は左耳に装着していて耳が痛くなったら、右耳に装着できるような上下対称デザインになっており、耳の負担を軽減できる。重力センサーで上下を判別し、左右どちらでも同じようにボタン操作ができるような工夫もなされている。

BONX BOOSTの開発経緯について宮坂氏は「BONX GRIPでも騒音耐性はあるのですが、土木建築現場、店舗などでは相当騒音が大きい現場もあるなど、拾いきれないニーズがたくさん出てきたのです」と語る。

本体が騒音に強くなり、ボタンの操作性が向上しただけでなく、大きな違いは「オプションパーツ」にある。

「しっかり耳に固定できるイヤーフックや、パチンコ店や高架下のような騒音環境でも口元できれいに集音できる延長マイク、複数のBONX BOOSTを充電できる集中充電ステーションなど、オプションパーツで機能拡張できることによって、あらゆる現場で使えるようにしています」(宮坂氏)

■自分の人生を彩るための音楽を、環境音として聴ける「ambie」

ambieはソニーの社員として務めていた三原氏が社内で「生活の中で付けっぱなしにできるオーディオデバイス」を発案し、JV(ジョイントベンチャー)として起業し開発したものだ。

「ヒアラブルというテーマに近いものを検討している中で、ambie独特の『音に指向性を持たせて耳に届ける方法』を編み出しました。ゴミ箱に落ちていたアルミのパイプを曲げて普通のイヤホンに挿したら、意外と骨伝導よりちゃんと音が聞こえることを発見したのです。それからひたすらアルミパイプを曲げていろいろな人にテストしてもらい、完成したのがambieです」(三原氏)

技術的にもユニークな製品だが、新たな技術をものに落とし込むためには、多数のプロトタイプ製作が必要になる。

「3Dプリンターで作った金型にシリコンを自分で注いでパーツを作るといった無茶苦茶な開発方法をしました。今は1個プロトタイプの金型を作ったら、夕方までに試作して誰かに装着してもらい、フィードバックを基に次の朝に新たな金型を出力して別のプロトタイプを作る……要は1日1個装着型を作ってユーザーテストまでできるところまで初期の検証を絞り込んでいます。

イヤーカフ型のイヤホンはambieが最初だと思いますが、ここまでテストしたことで、最初から製品としての完成度を高めることができました」(三原氏)

三原氏がambieを開発したのは、ユーザーの音楽に対する接し方の変化が背景にあった。

「最近はどこでもスマホで音楽を聴けるようになっています。流行のストリーミングサービスのプレイリストには『パーティー』や『リラックス』など、ユーザーの『やりたいこと』や『なりたい気持ち』という目的のために音楽があるという順序なんですね。

自分の人生そのものをコンテンツにして、それを120%演出して楽しむために音楽を環境として使うというのが新しい形になっているのではないかと考えました。そこでambieは自分だけに音が聞こえるけど、なぜか人には聞こえなくて、周りの音は聞こえる。ユーザーから音楽を聴くために払うコストをゼロにしていく方向でデバイスを作りました」(三原氏)

初号機として2017年に有線モデルの「ambie」を発売して大ヒットとなったが、「ケーブルが付いていると、人と話すときにイヤホンとしての制約がどうしても残りました」と三原氏は語る。第2号機として2018年にはネックバンド型の「ambie wireless earcuffs」を発売してヒットしたものの、装着していると目立ってしまうため、付けたまま人と話すのには「心理的に抵抗感があった」(三原氏)という。

こうした中で、ようやく装着し続けていても本人はもちろん、周囲の人にも違和感を抱かせない完全ワイヤレス型の「ambie earcuffs AM-TW01」が登場した(2021年夏発売)。

「着けたときの見た目も、人と話す際にも違和感がなく、むしろ着けていたいなと思わせるようなアクセサリーとしてのデザインが完成しました。

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生活の周囲の音が聞こえつつ、耳をふさぐストレスをゼロにしたところと、周囲に音漏れがして気兼ねなく聞けないというストレスをゼロにしました。デバイスの存在を全部忘れて、ただただ自分だけに、自分の音楽が流れるというコンセプトに追いついたデバイスができあがったと思っています」(三原氏)

関連リンク:ambie製品一覧

■レッドオーシャンの業界内では差別化とポジショニングが重要

BONXは「コミュニケーション」、ambieは「音楽」と、それぞれにフィールドは異なるものの、オーディオデバイスを基点としたハードウエアスタートアップという点で共通する。そこでBONXの宮坂氏、ambieの三原氏に、オーディオデバイスの可能性や開発秘話などについて語っていただいた。

三原(ambie): まず、開発時の装着性についての話をさせてください。人の体は千差万別で「人間工学」といっても結局根性でたくさんの人に付けてもらって試すしかないのです。小さな定規を作って何百人もの耳に差し込んで測るなどやりました。

宮坂(BONX): そういう意味では、プロトタイプを早く回せるようにしたのはすごく大事だったんだなと思いました。3Dプリンターで出せるならいいですけど、出せないとなると金型や簡易金型が必要になり、中国で作るとなると1回で2か月かかってしまう場合もあります。

三原: 初期の試作から1万、10万作る量産までの設備をどういうバランスで置くかというのも、ハードウエアスタートアップには課題です。オーディオは枯れた技術なので量産できる工場や技術・資材は世の中にあふれているので、その選択肢があるだけ進めやすかった部分はあります。

宮坂: 逆に言うとイヤホンはくさるほどある超レッドオーシャンなので、差別化が重要になる。ambieは他になくて差別化しているから売れていると思うのですが、アップルがAirPodsで画期的なオーディオトランスパレンシーを打ち出してきた。テックジャイアンツがテクノロジーを進めていく一方、自分たちはそこまでの開発力がないところで、どうやってその差別化や勝負していくか、ポジショニングが重要ですね。

三原: マイクを使って外音を取り込んで最適にチューニングするのに対し、「一方ロシアは鉛筆を使った」的な技を使って挑むというのが一つですね。あと一つは、最初のコンセプトとして「音楽は人の生活に添えて演出するためのもの」という切り分けができたので、販路とかマーケティングも徹底的に分けました。

 量販店のイヤホンコーナーのように音楽を聞きたい人が来る場所にはあえて置かずに、最初はBEAMSさんなどアパレル系の、生活を楽しくするものが欲しい人が来る場所に置かせてもらいました。高音質が好きなテック系の方たちは“音質派”なのでボロクソに言われるのではないかと心配したのですが、「ながら聴きにいい」とか、「ラジオを聞いていたあの頃の気持ちを思い出す」など、すごく高評価を得ることができました。

宮坂: そこは我々もこだわりと現状のせめぎ合いを今やっていますね。分かりやすいということで「次世代トランシーバー」と表現していますが、トランシーバーという言葉は矮小化してしまっているため、本意ではないんです。

 我々も最初のコミュニケーションは家電量販店よりはムラサキスポーツなどのスポーツ用品店からチャンネルとして選んで動き始めました。マーケットのカテゴリー自体を作るチャレンジは、もの作りと同じぐらいあると思います。

■ハードウエアスタートアップはB2Bにこそ活路がある

──BONXは元々スノーボーダーのコミュニケーション用として誕生しましたが、現在はB2B用途として人気になっていると聞きます。どういったきっかけでB2Bでの採用が進んだのですか。

宮坂: イタリア発祥の高級ブランドから使ってみたいという問い合わせが来て、実際に採用されたのが大きかったですね。特小無線のトランシーバーはブランドのスタイルに合わないという声がグローバルの幹部からあって問い合わせが来て、現在はそのブランドのさまざまなお店で採用されています。そのほかのブランドにも波及して、多くの小売りチェーンで使われるようになりました。

 日本にはデスクワーカーが約2000万人ほどいると言われているのですが、“デスクレスワーカー”は約4000万人と、ほぼ2倍なんです。毎日使いますし、ニーズの切迫性があるのも大きいですね。我々のビジョンは「世界を僕らの遊び場にする」ということで、根本にあるのは「チームで何かをするって楽しいよね」という話なんですよ。それは仕事でもスノボでも一緒なんです。

三原: B2Bで使っている人の気持ちに配慮した、もの作りが進んでいるというのはすごくいいですね。プロのチームコミュニケーションって本来めちゃくちゃかっこいいものなので、そこにBONXが使われていると言われたら、一般の人が逆に欲しくなってくるというのはあるでしょうね。

宮坂: 緊急医療とかにも使われているのですが、現場のコミュニケーションは本当にシリアスで、震えるような体験があります。今はデスクレスワーカーがかっこいいとはなってないじゃないですか。でも改めてこういう物を通して、かっこいいんだというのが世の中に伝わったらいいかなと思っています。

三原: 物作りの品質基準も全然違うし、ユーザーからのフィードバックも違いますよね。B2Cはサイレントマジョリティーがあまりにも多いのですが、B2Bはダイレクトにクレームとして来る。市場に出た後の検証や品質改善のプロセスがハードなので、あと1、2周したらマス向けハードウエアでは追いつけないところまで行ってしまうのではないかと思います。

宮坂: 確かにB2Cは声を吸い上げるのが意外と大変だったりしますね。

──ambieさんはB2Bへの進出についてはどのように考えられているのですか?

三原: ユーザーのニーズとしては、声が上がってきていますね。アパレルブランドのスタッフは、スマホベースでのコミュニケーションになってきており、音声プラットフォームを使う企業も増えてきました。イヤホンを自由に使えるならambieを使いたいという声もいただいています。

 片耳で使いたい、人と話すときに失礼にならないものがほしいといった声は多いですね。そこをメインにして訴求という考えはありませんが、耳をふさがずに対面でコミュニケーションができるというambieの特徴が生きる場所ではあるので、うまく提供できたらいいなと思っています。

 介護現場などでambieが使えないかというお問い合わせなどもいただいています。工事現場などの騒音が大きい場所では無理ですが、ホテルや店舗など、対面の方を100%優先しつつ、緊急の音は無視してでもお客さんを大事にしましょうというケースだと、ambieぐらい見た目がシンプルなものがいいというのはあります。シチュエーションによりますが、一部のところにambieはすごく刺さってるみたいです。トランシーバーに使いたいというお声もいただいているので、BONXさんとご一緒できるといいですね。

宮坂: そうですね。今オーディオ機器が音楽を聞くためのものから、生活音を聞いたり、声でコミュニケーションをしたりと、明らかに変わってるわけじゃないですか。今これだけ日本にオーディオメーカーがありながら、そこにダイレクトにチャレンジしてるのって結局、我々スタートアップなわけですよね。市場自体が大きくなっていて、イヤホンニーズは増えている。そんな中でブランドがあれば一定のシェアを獲得できるとは思うのですが、それ以上のことは起きない。イノベーションは生まれないのではないかと思います。

──最後ですが、日本でハードウェアスタートアップとして活動している中で感じている最近のトレンドとか、課題などはありますか?

三原: 以前はハードウェアスタートアップを作りたいから起業するケースが多かったのですが、最近はBONXさんのように課題から基点にしてハードウェアを作る人たちが結構出てきたなと思います。例えばトイレで猫の健康チェックをするサービスなどがそうですね。

 カスタマーのニーズや、自分がこれを欲しいという課題から、元々ものづくりじゃない人たちが立ち上げていて、完成度がめちゃくちゃ高いという事例が増えているように感じます。

宮坂: 私はハードウェアスタートアップは相変わらず厳しいと思っていますが、次の流れが来ているのを感じます。海外ではビジネスモデルとしてSaaSとかサブスクでお金を取るなど、どんどん変わってきてるわけです。その中でハードウェアスタートアップも単に機器を売るだけでなく、サービスでお金を取るようになってきている。

 B2Bは実はすごいハードウェアスタートアップにとって可能性があるんですよ。4000万人もの人が現場で働いているので、フィジカルに物を作らないと解決できない部分は本当はたくさんあるはずなんです。だけどなかなか気付く人もいないし、やる人もいない。ハードウェアスタートアップというとB2Cだしハードウェアそのものの販売だったのですが、ビジネスモデルやターゲットを変えて勝負して成功するところが出てくると、風向きが変わってくるのかなと思っていますので、なんとか頑張りたいですね。

※初出時に記事の一部に氏名に誤りがございました。お詫びして訂正致します。

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