国内 国民的女優に中学時代の同級生…。ホテルのロビーに次々と宿泊客が集まりはじめて…/密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック④

第20回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作。鴨崎暖炉著の書籍『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック 』から厳選して全5回連載でお届けします。今回は第4回です。三年前に起きた日本で最初の“密室殺人事件”。その判決を機に「どんなに疑わしい状況でも、現場が密室である限り無罪」が世間に浸透した結果、密室は流行り病のように社会に浸透した。そんななか、主人公の葛白香澄は幼馴染の夜月と一緒に、10年前に有名な「密室事件」が起きた雪白館を訪れる。当時は主催者の悪戯レベルだったが、今回はそのトリックを模倣した本物の殺人事件が起きてしまい――。あなたは、この雪白館の密室トリックを解くことができるか!? 密室事件の謎解きをあきらめた香澄は、いったんロビーへ戻る。そこには、朝ドラ女優の長谷見梨々亜、そして中学の同級生・蜜村漆璃の姿が…。

『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(鴨崎暖炉/宝島社)

「残念だ」─、と。

「今、示されている情報だけで、この密室の謎を解き明かすことは可能なのに」

「お疲れ、密室の謎はどう?」

「いや、正直、さっぱりわからん」

「だろうね、予想通りだよ」

「香澄くん、香澄くん」

「うるさいな、何?」

「ねぇ、あれ見てよ」

「ほら、長谷見梨々亜よ。朝ドラ女優の」

「あっ!」

「ねぇねぇ、香澄くん、どう見ても本物だよね」

「うん、どう見ても本物だ」

「すっごく可愛い」

「確かに」

「ねぇ、後でサインもらおっか」

「嫌がられない?」

「有名税でしょ」

「確かに」

「だったら、払う義務があるよね」

「わーっ、001号室だ。これって、アレですよね。離れの」

「はい、西棟の離れでございます。雪城白夜が執筆に使用していた」

「わーっ、やっぱりそうなんですねっ!

「とにかく、ありがとうございますっ!

「じゃあ、真似井さん、部屋の前まで荷物を運んどいて」

「ここのロビーでお茶が飲めるんですか?

「はっ、はい、あそこにいるメイドに言ってもらえば、いろいろ頼めます」

「本当ですかっ!

「マネイさんも大変だね。マネージャーだけに」夜月がまた語呂合わせを始めた。

「葛白くん?」

「久しぶりだな、蜜村」

「久しぶりね、葛白くん」

「香澄くん、この子は?」

「中学の時の同級生だよ。同じ文芸部に所属してたんだ」

「なるほどねぇ」と夜月は言う。「つまり、元カノということね」

「じゃあ、友達以上、恋人未満?」

「何を聞いてたんだ、お前」

「葛白くん、その人は?」

「うーん、何ていうか」答えづらい質問だな。「いちおう、幼なじみってことになるのかな?

「なるほど」と蜜村は頷く。「つまり、幼なじみ以上、姉未満というわけね」

「ところで蜜村、今日はどうしてここに?」

「やっぱり、イエティを探しに来たの?」と夜月。

「イエティ?

「出るよ」

「いや、出ないだろ」と僕。

「いったい、どっちなの?」

「そっか、それは懐かしいよね」夜月がそう相槌を打つ。そして興味を惹かれたように、「香澄くんって中学ではどんな感じだったの?」と訊ねた。蜜村は「そうですねぇ」と記憶を辿るように答える。

「何というか、けっこうイキってましたね。いつも『俺は一匹狼だぜ』みたいな面構えで歩いていたような」

国内 国民的女優に中学時代の同級生…。ホテルのロビーに次々と宿泊客が集まりはじめて…/密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック④

「あと、こんな噂も聞きました。『僕は一度見たものを、写真のように記憶できる。そういう特殊能力があるんだ。でも脳に負荷が掛かりすぎるから、普段のテストとかでは使わない。使う時は唯一─、世界に危機が訪れた時だけだ』そんなことを自慢げに、友達に言いふらしていたとか」

「その話、詳しく聞かせて」

「いいですよ、じゃあ、一緒にお茶でも飲みながら」

「真似井さん、それは?」

「バラエティ番組のアンケート用紙です」

「げっ」

「梨々亜、今そういう気分じゃないの。真似井さん、代わりに書いといて」

「ダメです、ちゃんと書かないと」

「でも、梨々亜、箸より重いもの持てないし。ペンって箸より重いでしょ?」

「材質によりますね」

「わかんない?

「でも、バラエティ番組のアンケートは大事です」真似井は、意外と毅然とした態度で言った。「アンケートの書き込み次第で、チャンスの量が変わるんです。いっぱい書けば、いっぱいMCが振ってくれるんです。逆にアンケがスカスカだと、MCやスタッフさんにやる気がないやつだと思われます」

「うん、わかってる。だから、真似井さんに書いてって言ってんの」

「話がループしてますね」

「そういう魔法が掛かってるのかな?」

「わかった、じゃあ、書いてくるよ。部、屋、で、ねっ!」

「葛白さん」彼女はテーブルの上にそれを置いた。それは雪でできたウサギだった。

「お土産です」

「ぜひ、お召し上がりください」

「えっ、食べるの?」

「中にあんこが入っていますから」

「……、まじで?」

「『シェフの気まぐれオードブル~南欧、西欧、北欧の風とともに~』でございます」

「多国籍だよね。このスパニッシュオムレツがスペインでしょ?

「えっ、まじで」

「食べてみ。舌が原形がなくなるくらいトロけるから」

「何だこの料理─、めちゃくちゃ美味いじゃねえか」

「舌がトロけるでしょ」

「トロけるトロける。今まで食べた魚料理の中で一番美味しいかもしれん」

「料理、とてもおいしいです」

「はぁ、そうですか」

「この料理って、支配人さんが作ってるんでしたっけ?」

「はい、詩葉井が作っております。手前味噌ですが、彼女は都内の一流シェフにも劣らない腕前でして」

「野菜もすごく新鮮ですよね。このトマトとか」

「ああ、それは詩葉井の妹さんが送ってくださったものです。詩葉井には双子の妹がいて、山梨で農家をやっているんです」

「迷路坂さんと詩葉井さんって、どういう関係なんですか?」

「どういう関係とは?」

「いや、このホテルを二人で切り盛りしているくらいだから、昔からの知り合いなのかなと思って」

「はい、確かに以前からの知り合いです」と迷路坂さんは言った。「詩葉井は私の高校時代の恩師なんです。卒業してからもちょくちょくと会っていたのですが、ある日彼女が学校を辞めてホテル経営を始めると聞いたので。何となく私も手伝うことになったんです。ちょうど、ニートだったので」

「それにしても凄いですよね」とニシンを食べながら夜月が言った。「詩葉井さん、まだ三十歳くらいでしょう?

「もしかして、宝くじが当たったとか?」

「いえ、違います」と迷路坂さんは首を振った。「でも、それに近いものがあります」

「近いもの?」

「詩葉井は昔からかなりモテるんです。特に年上から」迷路坂さんはそう告げた後、少し声を潜めて言う。「私が高校を卒業したくらいのころに、詩葉井は四十ほど年の離れたお金持ちと結婚して、その一年後に彼と死別して数十億の遺産を手にしました。そのお金でこの館を買って、今は気ままにホテル経営をしているというわけです」

「なっ、なるほど」と夜月は言った。「詩葉井さんにそんな過去が」

「はい、詩葉井は魔性の女です」と迷路坂さんは言った。「教師時代も男子生徒と付き合ったりと、いろいろとやらかしております。でも不思議と、生徒に好かれるいい教師でした」

<第5回に続く>

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